#8 恋をしている女の子は

「どうだった?」

 少し遅れてやってきたノリちゃんがテーブルに着くなり、リンコが尋ねた。

「うん。うまくいったと思う」

 私たちはまた『シカゴ』のテーブルを囲んでいた。

「私が、タカナシ先輩が好きで、告白しようか、どうしようか悩んでるっていったら、コボリくんも、自分にも好きな人がいて、悩んでるって」

「なんだ、コボリくんは自分がユウコ先輩を好きなこと、ノリちゃんが知らないと思ってるんだ」

「そうみたい。バレバレなのにね」

 少し寂しそうに、ノリちゃんは笑った。

「それで、私、勇気を出してタカナシ先輩に告白するから、コボリくん、途中まで付いてきてっていったの」

「そしたら?」

「わかったって。私が告白したら、次は自分もユウコ先輩に告白するって」

「ということは、ユウコ先輩とタカナシ先輩のことは……」

「うん、ふたりが付き合っていることはまだ知らないみたい」

「なんとまあ。スグロ先輩のシナリオ通りだね。ん? どうしたの、イサミ。難しい顔して」

「うまくいえないんだけど、なんかこういうのって、どうなんだろう」

「どうって?」

「だって、コボリくんをだましてることになるじゃない」

「そりゃまあそうかもしれないけど、別に今のところ誰かの気持ちを傷つけているわけじゃないよ」

「それは、その通りだけど」

「私も今回のことを紹介した手前、責任もあるしさ。やっぱりうまくいってほしいじゃない」

「もちろん、私だってうまくいってほしいよ」

 私とリンコのやり取りを聞いていたノリちゃんが口を開いた。

「あのね。私、結果的にコボリくんとうまくいかなくても、それはそれでいいと思ってるの」

 いつもと違うノリちゃんのはっきりとした口調に、私とリンコは顔を見合わせた。ノリちゃんは自分にいいきかすように、話し出した。

「スグロ先輩に相談してから、私、コボリくんとの距離が近くなった気がする。彼とは小学校からずっと同じで、小さいときはよく話したのよ。でも、中学校に入ってからはあんまり話さなくなっちゃって。なんでだろう。別に何があったわけでもないのに。不思議だよね」

 ノリちゃんは、ティースプーンに載せられたレモンの輪切りをじっと見つめていた。

「私はもっとコボリくんといろんな話がしたいって、心のどこかでずっと思ってた。そう、私はコボリくんと話がしたいの。でもそんなふうに考えたことがなかった。最近ようやくそれがわかったの。スグロ先輩に、コボリくんと付き合うようになったところを想像しろっていわれて、初めて気がついた。小学校のときのこととか、中学校のときのこととか。あんなことがあったね、とか、あのときどう思ってたの、とか。九年間も私たちはずっと同じ場所で過ごしてきたんだもん。これからはね、コボリくんとそんな話ができたらいいなぁって。付き合えなくても、そんな話ができたらなぁって。だから、私……」

 突然、ノリちゃんの頬を涙が伝った。それは、本当に唐突だった。さっきまで晴れていた空から急に一滴、雨のしずくが落ちてきたみたいだった。

「あれ。私、どうしちゃったんだろう」

 自分でも驚いたみたいだ。ノリちゃんは手のひらで、慌てて頬の涙を拭った。

「ごめんね……なんか湿っぽくなっちゃった。へへへ」

 リンコが「よしよし」といいながら、ノリちゃんの頭を撫でている。

 そうか。恋をするってこういうことなのか。

 私はノリちゃんをぎゅっと抱きしめたくなってしまった。

 そして、スグロ先輩にどうしてもひとこといいたくなった。

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