ワラムクルゥ 02

カグヤイサミ(高1・春) Everybody Wants to Rule the World

#1 噂の真相は

「イサミ。ちょっと、イサミってば」

 自分の名前を呼ぶ声に、私の意識はどこか深い場所から現実に引き戻された。まるで長い夢を見ていたみたいだ。私は頭を左右に振った。

「どうしたの? 大丈夫?」

 女の子が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。ここは――どこだっけ。

「あれ。オオカミは……」

 私は自分でも意味不明な言葉を口走っていた。

「は? イサミ、あんたもしかして寝ぼけてるの?」

 ああ、そうだ。

 ここは学校で、今は三時限目と四時限目の間の休み時間だ。

 私は高校一年生で退屈な授業を受けていて。

 周りから浮かないように息を詰めていて。

 壁を作らないように適度に愛想をふりまいて。

 そして、いつものように前の席のリンコが私に話しかけているんだ。

 本当に寝ぼけていたみたいだ。ようやく頭の中がはっきりしてきた。

「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」

「珍しいね、あんたにしては」

「それで、どうしたの」

「そうだ。ねぇイサミ、あの噂、ホントらしいよ」

 休み時間のたびに、こうやってリンコは私に話しかけてくる。彼女のお決まりの行動だ。

 ねぇ、イサミ――のあとに続く話の内容は、前の日のテレビ番組やアイドルのゴシップといったものばかりで、だから私はいつも聞き役だ。ただし今回、いつになくリンコの表情は真剣だった。

「噂って?」

「ほら、例の『マスター』の……」

 リンコが何をいっているのか、わからなかった。

「『マスター』って、何のこと?」

「あれ。おかしいな。イサミには前にこの話、したと思うんだけど」

 私にはそんな話を聞いた覚えがない。

 首をかしげる私に、まあいいや、といってリンコは説明を始めた。

 私たちの高校には噂がある。

 それはこんな内容だった。

 ――二年生に『マスター』がいる。

 その人に相談すれば、どんな恋の悩みも一発で解決。

 片思いの相手を振り向かせることなんて朝飯前。

 その人のアドバイスがあれば、難攻不落の相手でも必ず落とすことができる。

 恋愛の達人、通称『マスター』。

 そういう人が二年生のどこかのクラスにいるらしい――。

 そんな噂がまことしやかにささやかれているそうだ。

 やっぱり、私には聞き覚えのない話だ。

 もしかしたら以前リンコの話を聞き流してしまったのかもしれない。リンコから話を聞いたけど、すぐに忘れてしまったのかも。

 なんにせよ、あいにく私はそんな噂には興味がない。早く恋がしたいとか、誰かと付き合いたいとか、そんなこと考えたこともなかった。だから、『マスター』に助けを求めるなんてもちろんのこと、噂の真偽やその正体についても、特に知りたいとは思わない。

 でも、そんなふうに感じているのはどうやら少数派みたいだ。私の右側の席のノリちゃんが私たちの会話に割り込んできた。

「ねえ、それって、例の『恋愛の達人』のこと?」

「あ……うん」

 これまでノリちゃんとはあまり話したことがなかったので、私はちょっとうろたえた。ノリちゃんは声を落としてリンコにいった。

「本当らしいって、それ、どういうこと」

「ノリちゃん、興味あるの」

 リンコもノリちゃんにつられてひそひそ声になっている。

「う、うん。まあ」

「ちょっとぉ、誰よ」

 リンコの突っ込みに、ノリちゃんは固まった。

「え」

「うちのクラス?」

「べ、別に、そういうんじゃ……」

「わかった、わかった。放課後、ゆっくり聞こうじゃないの。噂の出どころ、教えてあげるからさ。じゃあ、三人で『シカゴ』に行こう」

 リンコはこちらの都合も聞かずにさっさと決めてしまった。

 私はノリちゃんと顔を見合わせて、肩をすくめた。

 まあしょうがない。女の子同士の付き合いはめんどうくさいのだ。

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