#2 美しい彼女の行く末は
カラタチ町の商店街にはアーケードがあって、その入り口の上部には大きなステンドグラスが飾られている。
ということを私が初めて知ったのは、この町に生まれ育って十六年と六か月が経ったある冬の日のことだった。なぜそれまで気が付かなかったかというと、私は大抵、俯いて歩いているからで、なぜその日に気が付いたかというと特に理由はなくて、なんだかお日様の光が気持ちいいなあと思って空を見上げたら偶然目に入ったからだった。
そんなわけで、商店街の入り口に立ってぼーっと天井を見上げていた私は、
「イサミちゃん?」
と声をかけられるまでミサキさんがそばにいることに気が付かなかった。
ミサキさんはよく行くお店でアルバイトをしている大学生で、最近仲良くなった。私たちはとめどなくお喋りしながらお互いの買い物に付き合って……いや、見栄を張るのはやめよう。
高校生にもなってこんなことをいうのはどうかと思うけど、普段喋り慣れていない人と偶然会うと、私はどうしたらいいかわからなくなる。特に、世間話というのがどうも苦手だ。先日も本屋で「会話に困らない世間話のネタ」という本を買うかどうか真剣に悩んだくらいだ。
だからその日も喋るのはもっぱらミサキさんで、私はただ「はい」と「そうですね」を繰り返すばかりだった。ミサキさんは話すのがとても上手で、突然訪れる沈黙にびくびくすることもなかった。
私たちはお互いの用事を済ませて、商店街をしばらく一緒に歩いた。
途中で福引をやっていた。二人合わせて引換券が二回分あったから、私たちは一人一回ずつチャレンジしたけれど、どちらも参加賞のティッシュペーパーだった。でも、私はちょっと嬉しかった。誰かとこんなふうに福引なんてやったことがなかったから。
やがて商店街が途切れて、私たちは立ち止った。
そこから先、二人は別々の方角になる。
「もし――」
ミサキさんはそう言ったあと、珍しく言葉を濁した。
「ごめん、なんでもない。またお店に来て。今度は一緒にお茶しましょう。彼もいっしょに」
彼もいっしょに、か。先輩はどんな顔をするだろう。
とりあえず私は「はい」といっておいた。
「じゃあ、またね」
軽く手を振って、ミサキさんは私と反対の方向に歩きだした。
しばらく私は去っていく彼女のうしろ姿を眺めた。
すれ違った男性二人組が、立ち止まって彼女を振り返り、やがてまた歩き出す。なにやら小声でいい合いながら。もちろん、ミサキさんはそんなことには我関せず、さっそうと歩いている。
そんなミサキさんを、私はうらやましいと感じている。その一方で、私はミサキさんに対して別の感情を抱いてもいる。
私はつい想像してしまう。
十年後、二十年後のことを。
今のミサキさんはきれいだ。十人いたら八人は彼女のことを美人だというだろう。男性十人だと、その比率はさらに高まるかもしれない。いや、確実に高まる。でも、彼女の美しさはたぶん長くはもたない。それは、一度家庭に入ってしまうと、一気に色あせてしまうたぐいの、その程度のきれいさだ。
さっき振り返った男の人たちは、十年後の彼女を見てもきっと振り返らない。彼女自身もそれはどこかで感じている。だから彼女は無意識のうちに焦ってる。私には、そんな彼女の焦りが手に取るようにわかる。
だから私はミサキさんを見ると、うらやましいと感じると同時に、どこかで優越感に浸っている自分に気付く。二十年後、私はあなたを色んな部分で追い抜くでしょう。これは自惚れでもなんでもない、ほぼ確定事項だということを私たちは知っている。
ただし、それは私が十年後、二十年後も生きていれば、の話。
残念ながら、その可能性はなくなった。
別れ際に彼女が私に何をいいかけたのか、残念ながら、その答えを知ることもできなくなった。
なぜなら、その日――二月十一日水曜日、建国記念日で学校はお休みで、私にとっては初めて商店街のステンドグラスに気が付いた記念日でもあり、ほとんどの女の子にとっては三日後のバレンタインデーに向けてそわそわしているその日、ミサキさんと別れて三十分後の午後一時三十五分、私は自動車事故で死んでしまうから。
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