第5話 シンデレラの罠

今回は昔話世界には入り込まないで、いわば安楽椅子昔話探偵でしょうか。それでは本編をどうぞ。


世の東西をとわず、教会や寺といった組織では、生老病死・冠婚葬祭の節目節目を書類のかたちに落としこむ事務仕事というものがついてまわる。この日ブラウン神父の勤める教会に顔を出したフランボウは、たまたまかさなった結婚の布告や洗礼式にまつわる事務書類をこまごま整えるのに忙殺されているブラウン神父のかたわらで、しごくのんびりとくつろいでいた。

まるっこい指でさかさかとペンを走らせていた神父は書類のさいごの一枚を書き終えて一息ついた。指にインクのしみができているが、いっこう気にしていないようである。

「さよう、結婚というのは逆さに綴ったところで意味がおかしくなるわけではないからね」

「逆さに綴った?

はて、それはぼくの居合わせなかった「犬のお告げ」の事件を踏まえたお話ですかね」

「そういうわけでもないんだが、なにしろ、ミサとエーカーをまとめてさかさにする、なんてことを思い付く人がいるんだ(massacre)。それに比べれば、わたしが「犬のお告げ」で言ったdogをさかさにする例なんて、児戯のたぐいだよ」

「ですがね、さかさに綴ってもかけ離れた意味になったりしない語に、なんでまた結婚(marriage)をもちだしたのです? 逆さに綴っても、……エガイアラム? 意味のある語になりますまいに」

神父はついさきほどまで格闘していた書類にもういちど目をやった。

「フランボウ、シンデレラの話は知っているね」

「シンデレラ、それは無論ですとも。継母と義理の姉たちにいじめられていたシンデレラが、魔法で装束と乗り物をととのえて舞踏会で王子の心を射止め、忘れ物のガラスの靴によって再び見いだされて晴れて王子と結婚。知らない人はいないでしょう。しかしなぜシンデレラについて?」

「うん、おいおいわかるように、話すつもりだよ。

このお話には、いろいろとバリエーションがあって、たとえば姉たちがガラスの靴にあうように足を部分的に切り落とすとか、継母がシンデレラの結婚式で焼けた鉄の靴を履かされ死ぬまで踊らされるとか、残酷さをとどめたところが人目をひく一因でもあるようだ。

だがねえ、なんでそんなに、残酷なんだろうね」

「と、おっしゃいますと?

これは神父さん、残酷な靴にまつわる箇所以外のところに、なにかわだかまりがあるのですか、これまでの例からしますと」

「うむ、シンデレラの話には、あまり気づかないが、変なところがあるだろう。結婚に関してだ」

「ふうむ、変な結婚ですか。

シンデレラストーリー、などというときには、王族と貴族ではない女性の結婚であったり、資産家と一般女性であったり、しますけども、結局シンデレラ自身は王子と結婚できるだけのちゃんとした身分のある女性ですからねえ。変というならそこでしょうか」

「近いところをついているがフランボウ、まだめくらましにまどわされているね。

まず問題になる結婚は、シンデレラの結婚じゃないのだ。

シンデレラの父と、義姉たちの母親である女性との結婚だよ。

この結婚は、いったいなんだろうか」

「それは、シンデレラの実母が亡くなっているので、父親が再婚した、ということでしょう」

「そこだよ。シンデレラの父はなぜ再婚したか、だ。

シンデレラ自身、あとで王子と結婚できるわけだから、父も実母も、身分はきちんとしているはずだ。

「シンデレラ」はペローとグリムが著作にいれているから、フランスとドイツに、もともと広がっていた話だね。このあたりの王族貴族の相続は、イギリスとはすこしちがっているのだ」

「サリカ法で男系男子しか名跡を相続できない、というあれですか。シンデレラとサリカ法がなぜ、からみます?」

「シンデレラに、義姉たちはいるが、男の兄弟は、実でも義理でも、いただろうか」

「シンデレラの兄弟、ですか」

「そうだ。お話には直接、彼女らに実の兄弟であれ義理の兄弟であれ、いるとも、いないとも、示されない。

だが、シンデレラに、同母の兄弟がいたら、それは正統なシンデレラの家の相続人になる。義理の姉たちがシンデレラをいじめるようなことは難しいし、そもそも嫡男がいるならシンデレラの父親が再婚する可能性は減る。したがってシンデレラに実の兄弟はいないと、考えていい」

「あまりシンデレラの兄弟の有無を考えたことはなかったのですが、そうなると、どうなるんです」

「サリカ法での相続人、嫡出の男系男子がいなければ、まあシンデレラや義姉たちの婚資程度のものは分割してもらえるとしても、シンデレラの父の所領や財産は、男系の係累に相続がみとめられなければ、王がとりあげることになるだろう。

シンデレラの実母が亡くなり、嫡出の男子がいない状態で、シンデレラの父がとる行動となると、嫡出子の誕生が見込める女性と再婚する、というのが常道だ。娘が三人いる女性というのは、王公の結婚にとって、わるい条件にはならない。むしろ、高く望まれるだろう。子供をいままで何人か無事に産めたのなら、更に何人か無事に産めるだろう、という類推だ。

さて、シンデレラは、父の所領の相続権をもたない義姉たちからいじめられていた。これは、何を示唆するか」

「そこまで聞いたら、神父さん、僕にも神父さんが何をいおうとしているかは、わかりますよ。

シンデレラの父と継母の間には、嫡男が生まれているはずだ、とおっしゃりたいのではないですか」

「そのとおりだよフランボウ。継母によって、シンデレラの家の嫡男が生まれたからこそ、義姉たちは立場の弱くなったシンデレラをいじめることができる」

「いやー、いつもながら神父さんは、かくれた構造をひきあてますね」

「おや、フランボウ、君らしくもないね、話はまだ終わらないよ」

「まだ隠されたなにかがありますか」

「王子は、ただ美しいから、立場の弱いシンデレラを娶る気になった、というのは、ロマンティックに過ぎはしないかな?」

「ロマン、僕は好きですがねえ。12時の鐘が鳴り響いても、ロマンティックは鐘くらいでは止まらないし、胸の苦しさ切なさが」

「立場が強くなった継母を喜ばない向きもあるだろうね。たとえば、継母の実家と王家、継母の最初の嫁ぎ先と王家、このあたりの関係は果たして良好だったろうか? 想像をめぐらしすぎかな?」

「いわれてみれば、ヴァリアントはありますが、焼けた鉄の靴を履かされて死に至らしめられる、というのがいやでも目立ちますね。継母に対しては、バランスを逸しているのではないかと思われるくらいに、厳しい運命がもたらされますね」

「そうだ。シンデレラは、継母の立場を弱めるために、もっとも効果的な存在だったのだ」

「ちょっと、よくない言葉づかいですが、王子は舞踏会を開く前から、シンデレラを一本釣りして、シンデレラ虐待の咎で継母と嫡男を排除、シンデレラの父の所領を横領し、継母の実家からもなにか償いをむしりとろうとしたと?」

「……まあ、あくまで、お話の世界だよ」

「神父さん、書類仕事をしながらシンデレラの家の婚姻に連想が進んだということは」

「うむ、告示をこれからするのだか、死別で連れ子のある婚姻があってね。月並みなことしか言えないが、折り合いがうまくいくと、よいのだが」

「……ルールタビーユ君のところに、継父とうまく折り合いをつけるコツでも、聞きに行きましょうか」

「そうしようかね」



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