第4話 足りない笠

小さな町から二つの大小の人影が出て来て、田舎へ田舎へ、人家の少ない方へと続く道を登り歩き、峠にさしかかろうとしていた。この峠を越すと人家はもっとまれになる。

小さいずんぐりした人影は遠目にも黒っぽく、近づいたなら僧服のブラウン神父であり黒いこうもり傘も手にしていることがわかる。大きな人影のほうはというと、季節には少し早い夏の麻背広で白っぽく見え、近づいたならこちらは軽快な足取りのフランボウであることがわかる。

二人は峠で足を止めた。間単そうなつくりながら、材の色もあたらしい、屋根掛けの下に、菅笠を頭に結わえたお地蔵さんが5体と、手拭いをかぶり顎の下に結び目をこさえて被ったお地蔵さんが1体、立っていた。ここに立つお地蔵さんたちのもつ錫杖には鉄輪のほかにベルや鈴も結ばれている。いずれのお地蔵さんの首まわりにも、新しそうな赤い厚いよだれ掛けが巻かれていて、なかには白い縁取りがしてあるものもある。

「神父さんの傘は、このお地蔵さんのように、被るものではないですね」

フランボウにそういわれて、ブラウン神父は目をぱちくりとさせながら、黒い鍔のついた帽子を被った頭を左右にふりふりと振った。

「さよう、わたしには帽子がありますからな。二重に帽子をかぶる人もいない。売るのでなければ、菅の笠をいくつも持ち歩く人も、こうもり傘をいくつも持ち歩く人も、いませんな」

「笠をたくさんもったお爺さんは、笠を売りこそしませんでしたが、財を手にいれたとか」

神父は、お地蔵さんたちと道のあいだに据えられた、膝の高さくらいの、平べったい大きな石の上に腰を下ろした。フランボウもつられて石に腰を下ろす。

「このお地蔵さんたちにまつわる話は、フランボウ、きみも聞いたね」

フランボウはうなずいた。市(いち)の界隈では、お地蔵様からさまざまな宝物をさずかって、老夫婦が富裕になった話でもちきりだった。富裕になった老夫婦は、あらためてお地蔵さんたちのために屋根がけした小屋をたてたのだった。

「ええ。まるでクリスマス・ストーリーにもおもえますね。

年の暮れに新年の祝いの品物を手に入れようと、老夫婦の夫が自作の菅笠を市(いち)へ売りにゆくが、この6体のお地蔵さんたちが雪に吹きさらしなのをあわれんで、持っていた笠をかぶせた。笠は5個しかなかったので、6体目にはお爺さん自身が頭にかぶっていた手拭いまでとってかぶせた。すると年越しの明け方、お地蔵さんたちが老夫婦の家に食べ物や宝物を満載した橇をひいてあらわれ、橇を置いて去っていった」

「そうだね。心根のよい人によい報いがくる話になっている」

「おや、その神父さんのお話の流れは、その構図がちがっていた、という展開を予想しますが、どうです」

ふいに、風が吹き付けて、お地蔵さんたちの錫杖に下がったベルや鈴を鳴らした。

ブラウン神父は目をぱちくりとさせて、腰を下ろしていた石から立ち上がった。

「そうかもしれないね」

ブラウン神父はあらためてお地蔵さんに近づいて、錫杖に下がった鉄輪やベルをじっとみつめた。赤いよだれ掛けに目を移し、

そしてブラウン神父は、こうもり傘を手に、あちこち峠の地面をつつきまわすことをはじめた。

「なにを探しているのですか、神父さん、あまり藪をつついてハチやヘビがでると厄介ですよ」

「ここにあるはずだが……時間がたちすぎたのか」

あらかたつつき終えたブラウン神父は石の上にまた腰を下ろした。

「なにかお探しのようでしたが、なにを見つけたかったのですか?」

「フランボウ、ここは峠だ、町と里の境目でもあるんだ、ここにあるにちがいないんだよ。だから、お地蔵さんのまわりにあるはずだ。いや、そうか、あとは道だ、フランボウ。道の上に掘り返したあとがないかさがしてほしい」

「なにか、埋められたものがここにある、と? 」

「そうだ、埋めているはずだ、フランボウ、見えているだろう、鈴とベルが」

ブラウン神父はお地蔵さんたちのほうをさししめした。

「この鈴とベルは誰のものか、予想がついているかねフランボウ、サンタクロースとトナカイの持ち物だ」


クリスマスのあと、サンタクロースが忽然と姿を消していたことは伏せられていた。

みつかったサンタクロースは、峠ではなく、老夫婦の家の土間に埋められていた。

もろもろの騒ぎが落ち着くのをフランボウは待ち焦がれていた。

「なにがあったのかいいかげん説明していただけますか、神父さん」

「わたしが気にかかったのは、笠ではなく、手拭いだったんだ」

フランボウは神父のお株を奪うように目をぱちくりとさせた。

「手拭い、ですか。1体だけお地蔵さんの頭にかけてあった?」

「そう。手拭いだよ。笠は、お地蔵さんに被せても、また編んでつくればいい。スゲがそだたねばならないが、素材そのものも手に入るし自分で編める。だが手拭いはどうだろう。木綿を育て糸をつむぎ、糸を今度は織っていくわけだ。スゲや藁の細工物とは投下する労働も肥料も桁がちがう。貴重なものといっていい」

「それをお地蔵さんに渡してしまうようななにかがあった、それは何だったか」

「そうなのだ。もうひとつ、お地蔵さんたちが老夫婦に富を授けた話で、気になるところがあった」

「……はて?」

「橇だよフランボウ。富は橇で運ばれてきた。なぜだろう。不思議な力で授かった富が、なぜ橇で運ばれてきたのか。空中を飛んではいけなかったのだろうか」

フランボウは泥棒稼業だったころ狙ったことのある、米俵が空をとぶ古い絵巻物を思い出した。

「なんとなく神父さんの考えたことが見えてきたようにおもいます。老夫婦の得た富は、橇ごとだれかから奪ったもので、お地蔵さんに笠をかぶせたらうんぬん、は、それをごまかす話だったのですか」

「さよう。富を載せた橇を奪い、持ち主を亡きものとした。そのときに手拭いをつかったので、そのまま持っていたくなかったのだ。そこで峠のお地蔵さんに被せることをおもいついた。お地蔵さんのものにしてしまえば手放してもおかしくない。だがお地蔵さんは6体、手拭いは1本、だからスゲの笠をのこり5体にかぶせたのだ。

これで来訪者殺しで得た富の由来を、お地蔵さんに被せた笠と手拭いのご利益であるかのように誤魔化すこともできる。

いきさつはこんなことだったようだ。

ひととおりクリスマスの仕事を終えたサンタクロースが、トナカイたちへの塩をもとめ、老夫婦の家に降りた。所望の塩をトナカイになめさせたサンタクロースが何気なくお礼に渡した玩具の細工の細やかさ、背に負った袋の大きさ、対して編んだばかりではあるが菅笠の質素さが、なにかを目の前に見せてしまったのかも知れない」

「ところで神父さん、なぜサンタクロースが峠に埋められたとおもわれたのですか。結局、老夫婦の家の土間でみつかったわけですが」

ブラウン神父はめずらしく、きまりのわるそうな表情を浮かべた。

「来訪者を殺す、いわゆる六部殺しでしたからな。民俗的な意味をつい見ようとしてしまいます。峠であったり道や辻という、いわゆる境界にまじないのように埋めてしまうのだろうと思い込んでいましてな」

ブラウン神父は言葉を切った。

「まじない、ですか」

とフランボウは疑わしげな声で言った。

「さよう。思い込んでいました なんでもかんでも、宗教や俗信を持ち出す必要はなかったわけですな」

「では、何だったのです」

「真冬の出来事です。峠の土は凍って、掘るのが難儀だった。家の中の土間ならば、まだ、掘りやすかったのでしょう」

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