9−6
「急ごう。緑地が火の海になる前に」
「ブレイクさーん! 炎は俺がなんとかしまーす!」
離れたところから、間の抜けた声が響く。ワニマッチョが短い両手を口元に添えて、叫んでいる。
彼は燃えている場所に飛び込んでは、その炎を消している。そしてそのたびに『あちー』と言って飛び上がっていた。
効率は悪いが、緑地が火の海になってしまうことは免れられそうだ。
「サンキュー。でも、やっぱ急がないとワニマッチョが煮えちまいそうだな」
熱を冷やそうと、右手を振る。溶けた皮膚が剥がれ、ヒリヒリした。
「ヒトミさん、あとどれくらいだ」
「もう少し。もう新しいマグマをまとえなくなってる」
言われてみると、先ほどよりも体表を覆う溶岩は薄くなっている気がする。新たなマグマを噴き出す力はもう残っていないようだ。
がむしゃらに腕を振り下ろし襲いくるマグマグマの攻撃を躱し、横っ腹に拳をねじ込む。
先ほどよりも明らかにダメージを受けている様子だ。身体をくの字に下り頭が下がったところで、鼻先に掌打を食らわせた。
キャン、と犬のような声で鳴いて、マグマグマは鼻先を両手で抑えて嫌がる。
体表を覆っていたマグマが大方剥がれ、黒い毛皮が見えた。
「聡介! 喉元の骨みたいな突起、あそこを砕いて!」
「突起……?」
「口からまっすぐ下がって、五十センチくらいのところよ」
ヒトミに言われ目をこらしたが、顔が下を向いているし、黒い毛皮に覆われてよくわからない。
ヒトミは手にした銃で光を照射し、攻撃すべきポイントを指示しようとしているが、動き回る相手になかなか狙いが定まらない。
「これ使うかぁ……大丈夫かな」
腰の棒を手にし、一回転させる。先ほどと同じように、薙刀状に戻った。
聡介の本来の身体能力では絶対に無理だ。
だが、変身したこの姿なら。
ブレイクなら。
マグマグマから少し距離を取り、聡介は薙刀を構える。
「何するの、聡介……」
不安そうなヒトミの声を背に聞きながら、聡介は助走をつける。刃を後方に構え、柄の先端を地面に思いきり突き立てて、飛んだ。
棒高跳びのように華麗にとはいかないが、柄が撓り聡介の身体は宙を舞い、マグマグマの頭上を越えていく。
マグマグマは聡介の姿を目で追い、仰け反る。
そのときに微かに、体毛ではない硬質な箇所が見えた。確かに骨のような白い突起で、仄青く発光している。
「あれか」
飛び降りざまに、薙刀を回転させた。刃で無防備になったマグマグマの喉元を狙う。
キン! 高い音がして、何かが砕けた。青い光が四散する。
一瞬、何が起こったのかわからないといった様子で硬直していたが、やがてマグマグマは泡を吹きながら喉を掻きむしる。
絶叫とともに喉元から腹にかけて身体が裂ける。
大量の体液と共に、ずるりと人型の塊が地面に落ちた。
「ソル……!」
息子の名前を呼んだあと、ヒトミはその場に頽れる。
「ヒトミさん、大丈夫か」
聡介は跪き、ヒトミを抱き起こすとチョーカーをつけてやった。すると、目玉は次々に瞼を閉じ、元の肌へと戻っていった。
「立てるか」
言いながらヒトミに肩を貸し、ソルのそばへ連れて行ってやった。
「ソル……やっと会えた」
ヒトミは息子のそばに跪き、そっとその髪を撫でる。
離れて見守っていた有馬もこちらへやってきて、聡介と顔を合わせる。
「……大きいね。思ったより」
「大きいというか……大人じゃねーか?」
マグマグマの身体から出てきたのは、ヒトミの息子……のはずだ。
まだ、五歳かそこらだと言っていた気がするが。
しかし、どう見ても成人男性、若く見積もっても十八、九歳くらいだ。 身長は聡介よりも高いだろう。鍛え上げられた肉体はまるで彫像のようで、全裸なのに生々しさは感じないくらいだ。
髪は肩ほどまで伸びた金髪で、品よく整った鼻筋と、綿密な計算で造形されたような輪郭。
ゆっくりと開かれた瞼から見えるのは、秋空のように澄んだ青だ。
「すっごいね。超絶美形だね」
有馬が惚けた声で言う。
確かに、非の打ちどころのない美形だ。非現実的なくらいのその美貌に、同性ながら視線は釘付けになる。自分がこれほど全裸の男を凝視する日がくるとは、夢にも思わなかった。
まだ夢うつつのような表情の男に、ヒトミは優しく話しかける。
「ソル、大丈夫? お母さんよ……」
ヒトミの言葉に、ソルはゆっくりと首を傾げる。長い睫を並べた瞼が何度も瞬く。
「……母上?」
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