第二十六話 取り戻した記憶と、抱きし願いは

「それで、少しは落ち着いたか」


 ええ、ええ、落ち着きましたとも。

 けれど、顔が上げられない。

 主に先程やらかしてしまったことへの恥ずかしさと、今まで気づかなかったことへの罪悪感でね!!


 そんな私たちが今いる場所は、ファミレスである。

 距離的にバイト先に戻っても良かったのだが、時間の問題といろいろと察してくれた『弟』のお陰で、今回はファミレスの方に行くことになったのだ。


「別に、忘れていたことは責めないぞ。異能やら他の出来事やら、色々とあったんだろうし」

「……」


 神様。弟が優しいです。

 仮にも殺気を向けた姉に対して、何と優しい弟でしょうか。


「……何か今、イラッとしたのは、俺の気のせいか?」


 あ、やっぱり弟は弟でした。

 おねーちゃんが残しておいたポテト、取っていきました。


「うふふふ」

「嬉しいのは分かったから、早く食べないと冷めるぞ?」

「うん、そうだねぇ」


 そうは言っても、急かすような真似は絶対にしないことを、『私』は分かっているから。


「……」

「……」


 そのまま特に会話もなく、食事は進んでいく。


「……記憶は」

「ん?」

「記憶は、どれだけ戻った?」


 んー、どう答えるべきか。


「リューくんが弟なことぐらいかな。使える異能に、『研究所あそこ』での暮らしの一部と結月ゆづきさんがどんな存在だったのか。後は『最強』であったことは思い出すまでもなく覚えていたし。ハルくん・・・・が一緒に過ごしていたことは、本人から名乗られて思い出したぐらいだし」

「そうか」

「これが良いのか悪いのかは、まだ分からないけど、少なくとも身内に関わることを思い出せたことは収穫かな」


 ずっと、一人だと思っていたから。


「リューくんは、」

「その、『リューくん』って、めない? 俺、もう十六なんだけど」

「んー……それなら――」


 名前を呼ぶしかないよね。


「『龍斗りゅうと』」

「――ッツ!?」


 ぶぁっ、と赤くなったリューくん――龍斗に、思わず噴き出してしまう。


「照れすぎじゃない? それに、他の呼び方しろって言ったの、そっちじゃん」

「……いや、いきなりなのもあったが、自分にこんなダメージがあるとは予想外だったんだよ」


 言ってることは事実なんだろう。

 赤みが引き始めているとはいえ、ほとんど不意打ちのようなものだったからね。


「それで、話の続きだけど」


 彼らに聞いてみなくては。


「龍斗たちは、『研究所あそこ』から出たい?」

「いきなり何を――」

「うん、確かにいきなりだ」


 それでも、これは真面目な話だ。

 そして、私は彼らが『助け』を願うなら、助けてあげたいから。

 だから――


「『対異能者対策部隊わたしたち』は、龍斗たちが助けを求めるなら絶対に助けるし、全力で立ち向かってあげる」

「けど……」

「私が『最強』だって言ったのは、龍斗じゃん」


 忘れたとは言わせない。


『その言葉、信じるぞ。『最強』』


 だからこそ、覚悟をしようと決めたんだ。


「私の望みは、何の問題もなく、今と昔の面々で楽しく過ごす日々だから。そこに龍斗がいないのなんて、私は認めない」

「何だよ、それ」


 「あと、人の方にナイフ向けんな」とナイフを持っていた手を下ろされる。


「けど、そうだな。そういうのも良いのかもしれない」


 そう言いながら、小さく笑みを浮かべた龍斗に、思わず驚く。

 龍斗にとってはどうでもいいことなんだろうけど、(小さいときを除き)これまで会ってきた龍斗はずっと無表情に近かったか、怒ったような表情ばかりだったから。


 ――そっか。笑えなくなっていた訳じゃないんだ。


「何だよ」

「別に? ただ、感情を出せなくなるほどに追い詰められていたわけじゃなかったんだな、と思って」


 『研究所あそこ』に居た時の私は、みんなの前だと、いつも通りに振る舞っていたから。

 そして――私のそんな変化に、『あの人』だけが、唯一気付いた。


「ああ、そうだな」

「結月さんは、感情出してくれてる?」

「あの人は、イライラしてる。最近、何考えているのか分からないぐらい、無表情になるときあるけど」

「そっか」


 私の次は、やっぱりというか『最強』という座だけではなく、『研究対象』という立ち位置も結月さんに回ったんだ。

 私なら元々の異能から、バレない程度に中和できてはいたと思うが、結月さんの場合は違う。


「龍斗にこんなお願いをするのは間違っていると思う。でも、結月さんの動向には気を付けておいて」

「それは、姉さんたちを襲うかもしれないからだろ?」

「それだけじゃない。多分、結月さんは――」


 表情を失う、と言いそうになったのを寸でのところで止める。

 そもそも、人によって後遺症や副作用が違うのだ。それを考えると、結月さんの場合は『表情』ではなく、別の場所に症状が現れている可能性だってある。


「結月さんは?」

「……いや、多分私の考えすぎだと思う。『最強』の時にされていたことを思い出して、もし結月さんも同じことされてるのかと思ったら、さ」

「まあ、気持ちは分からなくはないけど、仮にも、これから襲ってくるかもしれない奴の心配とかしてる場合じゃないだろ」

「それはそうなんだけど……」


 確かに、龍斗の言う通りではあるんだけど、やはり心配なものは心配だ。


「……」

「……」


 しばしの無言。

 最後の一口を口の中に放り込めば、皿の上には何も残らない。


「龍斗は、学校生活楽しい?」

程々ほどほどには。あの馬鹿も居るし」


 あの馬鹿って、多分ハルくんのことだよなぁ。


「姉さんは?」

「楽しいよ。ちゃんと友達も居るし」


 菜々美ななみかなで黒城くろき君たち。それに、他校生になっちゃったけど、美樹みきさんや結城ゆうきも居る。


「それに、こうやって龍斗たちとも会えたからね。一概に悪いとは言えないよ」

「そうか」


 食べるものも食べ終わったためか、少しばかり軽く休憩してから、家へと帰るために、二人して立ち上がるのだが。


「あ」

「何」

「私が払おうかと思ったのに」


 こっちが払うつもりでいた注文・会計票を、先に龍斗に取られてしまった。


「別に良いよ。金が無いわけじゃないし」

「でもなぁ、弟に奢られるっていうのもなぁ」


 こっちなら、事情を話せば経費で落とせるかもしれないんだが、そのことは話せないから、せめて割り勘に出来ればいいのだが。


「姉さん。俺にも甲斐性があるってとこ、見せさせてよ。それに、連れてきたのは俺なんだから、今日は俺が払う」


 どうやら、譲る気はないらしい。


「それじゃ、せめて割り勘にしてよ。気になって仕方がないからさ」

「なら、次またこういうことがあったら、その時は姉さんの奢りでってことで」


 割り勘にすらさせてくれないのか、この弟は!


「……はあ、分かったよ。ただし、次はちゃんと払わせてもらいますからね?」


 お姉ちゃんは言いましたよ?


「はいはい」


 そう言いながら、龍斗は会計するべく、そちらへと歩いていく。

 会計を始めた龍斗から、少しだけ目を逸らす。

 さて、両親には何て説明しようか。――いや、両親だけじゃない。対異能者対策部隊の方にも報告しなければならない。

 結局、龍斗からはっきりとした答えは聞けてはないけれど、それでも、私は助けたいと思ってはいるから。


「龍斗」

「ん?」


 店を出て話しかければ、振り向かれる。


「何かあったら、いつでも喫茶店の方においでよ」


 あそこなら、何があっても対処は出来るし、戦闘慣れしている人たちもたくさん居るから。


「ああ、分かってる」


 龍斗が本当に来るかどうかはともかく、『万里朱里あね』が居るからという理由だけでも、来られるだろうから。


「ハルくんも一緒にね」

「……そうだな」


 まあ、春馬を連れてくるとなると、うるさくはなるだろうけど、それでも少しずつあの時の関係に戻れるのなら。


「私も、もう少しだけ頑張るよ」

「……?」

「使える能力ちからが、使えなくなる前に」


 それを聞いて、龍斗がどう思ったのかは分からないけど、私はそう決めたから。

 そのためにも、まずは明日、鈴ヶ森すずがもり君に謝らないとね。

 そして――……





「ユウ。今日は面白いことを聞かせに来たぞ」


 一人の男が、玉座らしき場所に座る青年に向かって話し掛ける。


「どうやら、あいつらがお姫様の居場所を掴んだらしい」

「……――姫……?」


 彼に話しかけられても、微動だにしなかった青年がぴくりと反応するが、男の方は特に気にした様子もなく、続ける。


「ああ。今度出向いてやって、様子を見てくるつもりだ」

「……連れて……」

「帰ってこられれば、連れてきてやる」

「……そう」


 これも、男の予想通りの反応である。


「でもそっか、生きてたんだ……」


 ふふ、と青年は微笑むが、それは一体何の笑みなのか。

 そんな彼に対し、男は特に何か言うこともなく、息を吐く。


「だが、あんまり期待するなよ」

「大丈夫。結月ゆづきなら、きっと――」


 あまりにも自信ありげとも言える青年の言葉に、男――結月は、「どうだかな」と返す。


「こっちが強くなったところで、ようやく追いつくようなレベルなら、それでも勝敗は五分五分の可能性大だ。俺としても、出来れば連れてきてはやりたいが、あのお姫様が相手となると、ちょっとばかり厳しいぞ」

「だから、大丈夫だよ。あの子は一度でも親しくした者には優しいから。結月の言葉一つで動揺させることも出来るはずだ」

「だと良いがな」


 正直、その程度で動揺させることが出来ていたら、今までも勝てていたはずなのだ。

 それなのに、今まで勝てなかったのは周囲に研究員が居たからか、もしくは一つの才能か。


「帰ってきたら、話してよ。彼女のこと」

「ああ、分かってる。もちろん、そのつもりだ」


 そして、部屋を後にすると、結月は前を見ながら、口角を上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。


「待ってろよ、オヒメサマ」


 ……――が私(たち)のバイト先である喫茶店に来る時間も、刻一刻と近づいていたのである。

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