第二十四話 違いは、誰にでも、どこにでもある

 新入りさんもとい、本部からの人たちこと御剣みつるぎ遼真りょうまさんと佐々木ささきかえでさんの二人が来て早一週間――なんて言いたかったのだが、そんなこともなく、翌日。


「……」

「……」


 何とか話し掛けようとしてくる鈴ヶ森すずがもり君に、私は特に話すこともないので、バイトに集中する――と言えば、聞こえは良いのだろうが、まあ、ぶっちゃけ避けているのである。


「ねえ、あの二人に何かあったの?」

「あ、やっぱり、分かっちゃいます?」

「そりゃあ、普段なら一言二言は何か話してる二人が話してないからね」


 常連さんと茉莉花まりかさんが、こそこそと話し合う。


「詳しくは言えないんですけど、私たちでもフォローできないようなことを、彼があの子に言っちゃって。それで、少しばかりギクシャクしてるんですよ」

「ま、鈴ヶ森君と話してないだけで、仕事に何か支障があるわけでもないから良いんだけどね」


 みなみさんが加わったらしい。


「いやいやいや。意外とそういうのって、ストレスになるからね?」


 常連さん曰く、同じ職場の人だと気まずさも相俟あいまって尚更らしい。


「……茉莉花さん、南さん。忙しいんですから、運ぶのを手伝ってください」


 私と同様に、先程から届けたり、片付けたりを繰り返していた鈴ヶ森君が二人に告げる。


「えー……新入り二人を使いなよ。ここだと仮にも先輩なんだしさぁ」

「でしたら、一番の先輩であるお二人が、真っ先にお手本を見せてください」


 そう横から口を挟んでやる。

 私たちで『先輩』なら、茉莉花さんたちは更なる『先輩』なんだから、見本を見せてもらわねばならない。


「う……」

「ははっ、言われたな」


 常連さんに笑われ、南さんがもう少し話していたいオーラを放ちながらも、仕事に戻っていく。


万里ばんり


 呼ばれたので、目だけ向ける。


「後で話したいんだが……」


 私の方には無いのだが。


「分かった」

「悪い」

「このまま、みんなに気を使わせるも悪いと思っただけだから、他に意味はないよ」


 本当にそれだけだ。

 『信頼されてない』ということだけで、無視したりする私の方がどうにかしてるんだ。


「……そうか」


 そう言って、仕事に戻る鈴ヶ森君だが、それを見ていた茉莉花さんと常連さんが告げる。


「あれ以上の、余計なことを言わなければ良いんですけどね」

「……フラグって言葉、知ってるか?」


   ☆★☆  


 バイトも終わり、どことなく心配そうなみんなが帰るのを見送りつつ、私は鈴ヶ森君に目を向ける。


「それで、話って?」

「その、昨日は悪かった。お前が出ていった後にも、茉莉花さんたちに怒られた」


 つまり、何が言いたいのだ。


「そもそも、信頼されてなかったら、今もこうして話すら聞いてもらえなかったんだよな」


 それ、昨日の茉莉花さんの台詞。


「……」

「変なこと頼んでも、条件付きで引き受けてくれたし」

「自覚はあったんだ」


 そもそも、とある人物限定の恋人設定など、おかしいのだ。


「……まあ、な」

「それで、結局何が言いたいわけ? 彼女役の話をするためだけに、呼んだ訳じゃないでしょ」

「……」


 言いたいことはあるんだけど、どう言えばいいか分からないから、目を泳がせている。


「その、だな」

「うん」

「本当に悪かった。まさか自分が『信頼』していた相手から、『信頼されてるとは思わなかった』なんて言われるとか、普通は思わないよな」


 違う。そういうことじゃない。

 やっぱり、彼は――分かってない。


「茉莉花さんたちの言葉もあって、鈴ヶ森君が何とか謝罪しようとしているのも分かってる。分かってるけど……」


 それでも、彼なら任せても大丈夫だと、私は『信頼』したから頼んだのに。

 それが、『信頼されてるとは思わなかった』なんて思われてた上に、その一言で、自分の居場所が無くなったかのように思えて。


「――もう、嘘はめよう。これからは、いつも通り友達ってことで」


 あ、『友達』自体も怪しいか。


「は? つか、何でそうなった」

「じゃあ、何でそこまで話が行かないと思ったの」

「普通は思わねぇよ」


 それでも、鈴ヶ森君は戸惑いが消えない表情のまま、こっちを見てくる。

 そして、それと同時に思い出す。

 『研究所』に関わった人間にとって、自分や他人からの『信頼』は信じても良いが、信じては駄目なこともあるのだと。

 一番駄目なのは、盲目的になり、他人が傷付くのを見て見ぬ振りをした上に、残酷なまでに傷つけて良いわけがないのだと。

 何より――『研究者あいつら』から教えられたではないか。


「大丈夫。これからもバイトには、ちゃんと来るから」

「何、帰ろうとしてるんだよ。話はまだ――」

「終わりだよ」


 終わっていないのであれば、終わらせるまでだ。


「それと、君は悪くないから。こうやって、ちゃんと話してくれたし、それに悪いのは、多分私の方だからさ」


 主に説明不足という点で。


「……何、言ってんだよ」

「そういうわけで、これからも『友人』として、よろしくね。鈴ヶ森君」

「そんなこと言われたって、納得できるはずがないだろ」


 そりゃそうだ。私だって、彼の立場であれば、この結果に納得は出来ないだろう――けど、問題がこちらにあるのなら、やはり少しばかり距離を取るという選択肢以外、思い浮かばなくて。


「万里!」


 強制終了に納得できないのか、背後から私を呼ぶ声が聞こえるが、それを無視して喫茶店を出る。


「やっぱり違うし、無理があったのかなぁ」


 普通の人たちが送れた生活を、私は『研究所』で送ってきたわけだけど、『研究所あそこ』を出て、普通に・・・生活してきたからこそ、普通の人になれた気でいたのかもしれない。

 でも、『研究所あそこ』での生活が、経験が、私の根底に引っ掛かったままなのだ。


「……『研究所けんきゅうじょ』、か」


 上層部の人たちには、もしもの場合は囮になることを厭わないことを伝えてはあるが、今もあの場所に戻りたくはないという思いは変わらない。

 まあ、きっと、こんなことを考えていたからこそ、こうなってしまったのか。それとも、なるべくしてなったのか。

 ただ――この状況は、どちらかが狙ったものではないのだと、思っておきたいところではあるのだが。


「……あ」

「……」


 だから、珍しく――は、失礼か――一人でいた『彼』と、会ってしまったのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る