第二十一話 喫茶店としてのお仕事


 さて、バイトである。

 と言っても、表向き喫茶店な下部部隊である。

 喫茶店として開店してなければ、地元住民には怪しまれるわけで。


「いらっしゃいませー」


 現在、私たち所属隊員はみんな店員化している。

 それにしても、みなみさんと茉莉花まりかさんがノリノリでウェイトレスをしている。


「ほらほら、朱里あかりちゃんも笑顔笑顔」


 茉莉花さんがそう言ってくるが、意識するとどうにもぎこちなくなる。


「それで? 彼氏としては、彼女のウェイトレス姿を見て、何か思うところは無いの?」

「ありませんね」


 休憩時間には、南さんが鈴ヶ森すずがもり君をからかいに行っているが、この事でからかわれることにも慣れたのか、即答で受け流されている。


「ぶー、つまんなーい」


 そう言いながら、南さんがそのまま机に顎を付く。


「いや、つまんないって、あんなにからかっていれば、いやでも慣れますって」


 鈴ヶ森君はそう言うが、私も何度からかわれたことか。


「それより、朱里ちゃん。大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ」


 どうやら、私が所属しているが故に、『研究所』側との遭遇率が上がることを懸念してか、支部長が私のことを含めてみんなに話したらしい。

 ただ、そのせいなのか、出勤した際、南さんたちには心配されたし、鈴ヶ森君からは何で言わなかった、と文句を言われた。


「今のところ、厄介な人たちには遭遇していませんし」


 現時点で『研究所あちら』側の関係者で遭遇率が高いあの二人は、戦闘にさえならなければ、厄介さはまだ低い方だ。

 まあ、『研究所』時代の関係が、功を奏している部分もあるのだろうが。


「あかりんが大丈夫って言うなら、大丈夫なんだろうけど、無茶しちゃ駄目だからね? あと、使えるものは使うこと」


 南さん。それは鈴ヶ森君を使えという意味でしょうか。

 本人はいきなり肩を掴まれて、物凄い鬱陶しそうな顔をしているんですが。


「そうですね」


 一人では無理だと判断したら、ちゃんと助けを求めるつもりだ。

 何やら睨まれたが、無視して表に戻る。


「はい、持ってって。二番テーブル」

「了解です」


 支部長に言われて、サンドイッチとオムライスを持って、言われたテーブルに持っていく。


「お待たせしました。ご注文のミックスサンドとオムライスです」


 注文されたものをお客さんたちの前に置いて、カウンターの方に戻ろうとすれば、店の入り口に付けていたベルが店内に響く。


「いらっしゃいま――」

「あ」

「うげ……」


 思わず素で返してしまったが、何でこうもこいつらとの遭遇率が高いのだ。


「何してんの? バイト?」

「……君たちに言う必要、無いよね?」


 何か面白いものを見つけたと言いたげに、目を輝かせるのは止めてほしい。


「二名様ですか?」

「ああ」

「では、こちらへどうぞ」


 とりあえず、茶髪の方――春馬はるまを無視して、黒髪の彼の意見を聞きつつ、空いている席まで案内する。


「ねぇ、写真撮って良い?」

「他のお客様のご迷惑になるので、お断りです」

「えー」

「えー、じゃない。あと、うるさい」


 何のためにここに入ったんだ、と言いたげな黒髪の彼の言葉に、内心感謝しつつ、注文を聞く。


「それでは、ご注文の方、確認します。カツカレー一つとビーフシチュー一つでよろしいですか?」

「いいよ」


 私のマニュアル通りな台詞に対する春馬の返事を聞いて、奥に注文を届けに行く。


「ねぇ、朱里ちゃん。さっき来た二人と話していたみたいだけど、知り合い?」

「ええ、まあ。先日、久しぶりに会ってから、時折会うようにはなりましたけど」

「もしかして、とは思うけど……」


 『研究所』関係? とこっそり茉莉花さんに問われたので、曖昧に笑みを浮かべて返しておく。


「やっぱり、そうなんだ」

「でも、あの二人はまだマシな方ですよ。穏便派と言うほどでもありませんが」

「たとえそうだとしても、危なくない?」

「大丈夫ですよ。あの二人は」


 あの二人はを弁えているから。


「仮にも敵なのに、詳しいんだ」

「これでも、それなりの付き合いがあったので」

「……」


 茉莉花さんが、何故か驚いたような表情かおをしているが、あの二人の注文した分が出来たので、持っていってやる。


「お待たせしました。ご注文のカツカレーとビーフシチューをお持ちしました」


 そして、「それでは、ごゆっくりどうぞ」と声を掛け、二人の返事を聞くことなく、帰ったお客さんの席に置いてあった食器類を回収する。


「ご苦労様、朱里ちゃん」


 先程と同様に茉莉花さんに声を掛けられる。


「あれ? 南さんたちは?」

「ああ、南さんはちょっとお呼び出し中で、鈴ヶ森君なら裏方を手伝わされてる」

「あー……」


 つまり、どちらも『裏』に行っていらっしゃると。納得である。


「お会計、お願いします」


 レジ前に来ていたお客さんの声に、「はーい」と返事をしながら、茉莉花さんがそちらへ駆け寄っていく。

 それを見ていれば、鈴ヶ森君が裏から出てくる。


調理補助・・・・、ご苦労様」

「ん? ああ……」


 表向きの言葉で言えば、どうやら通じたらしい。


「で?」

「うん?」

「何かあったんじゃないのか?」

「別に何も無いよ?」


 あったとしても、あの二人が来たことぐらいだし。


「……なら、良いがな」


 んー、これは何か隠していること、バレたか?


朱里あかりちゃん、ちょっとレジお願い」

「あ、はい」


 茉莉花さんに呼ばれたので、会計スペースに向かえば、春馬たちがそこに居た。

 どうやら、帰るらしい。


「また来るね」

「来なくていい。君たちが来ると、いろいろとややこしいことになりそうだし。2800円ね」

「ん」


 レジを打ち、金額を告げれば、黒髪の彼が財布からきっちりと出してくる。


「まあ、それは否定しないけどさ」


 春馬が肩を竦めてそう言った後、真面目な顔をして告げる。


「気を付けなよ。上にも結月ゆづきさんにもまだ言ってないけど、もうバレてるかもしれないから」

「……そう」

「正直、俺たちとしても他人に迷惑は掛けたくないから、あの人とり合うなら、人目に付かないところで好きなだけ殺り合ってもらえると助かる」


 おや、珍しい。黒髪の彼が口を挟んできた。

 というか、それだけマズイ状況になりつつあると言うべきか、なったと言うべきか。


「これは余談だけど、現在いまの『最強』は結月さんだよ。そして、俺たちには、あの人を止めることは出来ない」

「だろうね。君たちで止めれるなら、もうどうにかしてるでしょ」


 そして、『彼』を止められたなら、その人が『研究所』の『最強』となっているはずだから――あの人・・・を除いては。


「とりあえず、気を付けておくべきだ。あんたを見つけたら、手加減なんてしないだろうしな」


 ……本当、この後輩たちは。


「そんなの、私が一番分かってるよ。それに、私が誰なのか。忘れた訳じゃないでしょ?」


 その問いに、二人が顔を見合わせる。


「数年のブランクはあっても、私に負ける気なんて更々無い」

「その言葉、信じるぞ。『最強』」

「俺たちは、貴女を信じてますからね? 『先輩』」


 そう言って、二人は店から出ていく。

 それを見送り、これからどうするべきかを考える。


「……」


 溜め息を吐いている場合ではない。

 いつ鉢合わせしても大丈夫なように、対策しておかなければならない。

 それにしても――


「『最強・・』、か」


 彼の中では『最強』は私のままなのか、結月さんを認めていないのか。それとも……


万里ばんり

「ん?」


 呼ばれたので、そちらに振り返れば、顔を顰めた鈴ヶ森君と目が合う。


「さっきのは『研究所やつら』の関係者か?」

「そうだね」


 否定はしない。事実だから。


「でも、敵じゃない。外部そとに出た私たちと違って、残され、残ってしまった、私の後輩たち」

「私、たち・・……?」


 妙な所に引っ掛かったみたいだが、苦笑いして誤魔化す。


「まあ、味方でも無いけどね」

「何だそりゃ」


 それでも、彼らは『研究所』の言うことを聞かざるを得ないのだろうが。


「助けたいか?」

「出来ればね。でも、あの二人がそれを望まないなら、私はどうにもしないよ」


 彼らが訴えてこない限りは。


「そうか」

「こぉーら、そこの二人! 話してないで、さっさと片付ける!」


 ようやく戻ってきたらしい南さんから声が飛んでくる。


「はーい」


 そう返しながら、鈴ヶ森君とともに片付けに向かおうとして、あの二人が出ていった店の出入り口に目を向ける。


 ――いつか全てが解決して、『研究所』とか関係なく、気にすることもなく、あの時の面々で過ごせるといいな。


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