第二十話 『彼女』のことは、誰も知らず


 体育の授業は、何事もなく終わり、現在は放課後である。

 大地だいちが言った『帰り』というのは、恐らくこの時間のことではないのかと思いつつ、分かっているのは、ぼんやりとした時間のみであり、特に待ち合わせをしたわけではないので、彼が来るまでどこで何をしていようかと考えた矢先、そういやこの前は中庭で会ったんだっけ、と思いつつ、もうそこでいいかと移動を開始する。


「……」


 一体、何を話す気なのだろうか。

 まさかとは思うが――と、そこまで考えて、それは無いか、と思い直す。

 私の異能の影響を受けた大地が、そんな話を持ち出すとは思えない。


朱里あかり


 名前を呼ばれて、振り返る。

 そこには予想通り、大地が居た。


「それで、話って何かな?」


 バイトが無いとはいえ、時間が時間なので、こちらから振ってみる。


「ああ、そうだな。遠回しに話したところではぐらかされるだろうから、単刀直入に聞く」


 そこで、一度切り――彼は告げた。


「俺が忘れてること、あるんじゃないのか?」

「……うん?」

「だから、お前が覚えていて、俺が忘れていることがあるんじゃないのかって、聞いているんだよ」


 一体、何を言っているのだろうか。


「四六時中一緒に居る訳じゃないんだから、全て同じ光景を覚えているわけがないでしょ」

「確かにな。けど、最近。薄ぼんやりと、覚えの無いはずの光景が浮かぶんだよ」

「……」

「しかも、その光景から察するに、俺と話しているのはお前みたいだし」


 それを聞いて、何も言えなくなってしまった。

 私の異能の影響で、記憶の一部を封じていたとはいえ、その『封』が、解かれようとしているのではないのだろうか。


「……だとしても、それが私だという証拠もない」

「それは……」

「それにもし、私が何かをしたのだとすれば、それはその時のことを思い出してほしくないからだと思う」

「……」


 大地が黙り込む。


「だから、この話はもう終わり」

「終わりって……勝手に終わらせるなよ。大体、俺に何かするとすれば、お前以外に――」

「有り得ない、って?」


 どうやら図星だったらしい。


「そうだね。私の近くに居たから、私の異能の影響を、大地が受けたのは間違いないと思う」

「なら……」

「でも、それが――失った記憶が、良いものとは限らない」


 だって、私の異能については知っていても、きっと、肝心なこと・・・・・は覚えていないだろうから。


「だが、俺には知る権利もある。そうだろ?」

「そうだね」


 確かに、大地の言う通りではある。


「でも、私も覚えていないよ?」

「は――?」

「大地が私に対して、どんなことを覚えているのかは分からないけどさ。私にだって、忘れることぐらいはある」


 たとえば、十歳より前のこととか、ね。


「それでも、思い出したいと?」


 強い拒否反応があるわけじゃない。

 でも、少しばかり思い出そうとすると、『今はまだ思い出してはいけない』とばかりに、脳がストップを掛けてくるのだ。


「ねえ、大地」


 だから、逆に尋ねてやろう。


「『万里朱里わたし』は、どんな人?」


 本来なら、大地の問いに私が答えただけで終わったのだろうが、今は逆だ。私が問い、大地が答えなくてはならない。


「どんなって……」


 大地が呟くが、まさかそんな問い掛けをされるとは思っていなかったのだろう。

 だが、答えられるわけがない。

 だって、私たちの関係は――……


「答えられないでしょ?」

「……朱里」

「それでも、私たちが『幼馴染』であることは覚えておいてね」


 少しばかり離れていたとはいえ、私たちの関係が変わることはない。

 そのまま話を終えようと思ったのだが、彼はそれを良しとしないらしい。


「っ、――勝手に、話を終わらせるな!」


 大地の叫び声が、中庭に響く。


「俺が知ってる『万里ばんり朱里あかり』はっ、優しくお人好しで、口では時折迷惑そうにしながらも面倒見が良くて、自分も酷い目に遭ったくせに相手の心配をして、それで……何しろ良い奴だよ!」

「……」


 何も知らないくせに、などと誰が言えるのだろうか。これだけ知っておいてもらえるのなら、まだ良い方じゃないか。

 叫ぶようにして言ってきた大地に、私は何も返せなくなる。


「誰が何て言おうと、お前は俺の大事な『幼馴染』だよ。朱里」

「……なにそれ」


 もう、本当にその一言しか出てこない。

 他にも何か言っているようだが、何を言っているのかが分からなくなるぐらい、私は嬉しかったらしい。


「よし、このまま一緒に帰るか」

「え――」

「何だよ」


 嫌なのか? と問われるが、嫌ではない。

 それにしても、一緒に帰るなど何年振りだろうか。


「いや、別に嫌とかじゃないんだけど……私と一緒に居ると、さ」


 それだけで私が何を言いたいのか分かったらしく、溜め息を吐かれる。


「あのさ、お前を悪く言ってるのは先輩と後輩だろ? なら、大丈夫だよ」


 こちらとしては、迷惑を掛けたくないから言っただけなのに、何で自信満々なのかは分からないが、本人が大丈夫だと言っているのだから大丈夫なのだろう。


以前まえに言ったはずだぞ? 俺は、お前を見捨てないって」

「……」


 ああ、確かにそんなことがあったっけ。


『ほら、朱里。一緒に行くぞ』

『でも、大地……』

『大丈夫だって。それに、俺は絶対に朱里を見捨てないからさ!』


 まさに、名前通りの太陽のような奴だよなぁ、とその時は思っていた。


「大地」

「ん?」

「ありがとう」

「文句を言われこそすれ、感謝されるようなことはしてないが?」

「私が言いたいから良いんです」


 それに、少しばかり『研究所』への覚悟をしても良いと思えたから。


「ほら、一緒に帰るんでしょ? さっさと行くよ」


 いつ『最後』が訪れるかなんて分からないから、出来ることは出来るうちにやっておこう。


「ちょっ、待てって!」


 大地が慌てたように追い掛けてくる。


 ――もし、これが二人で帰ることの出来る日が『最後』だというのなら、この瞬間、これぐらいの出来事は許してほしい。


「何だよ。何か嬉しそうだな」

「そう? 気のせいじゃない?」

「いや、気のせいじゃない。そんなに俺と帰れることが嬉しいのか?」

「寝言は寝て言おうか、大地」


 馬鹿なことを言った大地に突っ込みつつ、そのようなやり取りをしながら、家を目指す。

 だから、どうか――全てが終わるまで、大地の記憶が戻りませんように。


 今はそう、願わずにはいられない。

 でも、現実は残酷だから。

 『研究所やつら』は、私のすぐ側まで来ようとしていた。


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