第十八話 遭遇せしは

 ――本部に行った日の翌日。

 望まないことに限って、重なるものは重なる。


「……」


 だから、今の私がどんな表情をしていようが関係ないはずだ。


「……その顔、マジで怖いんでめてもらえませんかね? センパイ」

「だったら、私の目の前からさっさと去れ」

「うわー、言葉に殺気が籠ってるー」


 苦笑いする茶髪の男は、そう口にしながらも、目の前から退く気配がない。


「というか、動こうにも動けないし、センパイが痴漢とかに遭っても、俺に文句は言えないよ?」

「へぇ、それじゃあ君は今、私を守ってくれているわけだ」


 そう返してやれば、彼は数回ばかりまばたきを繰り返す。


 さて、こんな話をしているのだから、何となくは察しているだろうが、現在地は電車の中である。

 私が乗った後に目の前の男が乗ってきたのだから、不可抗力といえば不可抗力だ。

 ……嘘です。私が車両を移れば良かっただけだし、奴に見つかり、捕まった時点でアウトだ。


「……センパイは、俺に守ってほしいの?」

「まさか」


 仮にも私たちは敵対しているというのに、何でその敵対相手に守ってもらわないとならない。


「うわ、即答とか、俺悲しい」

「勝手に悲しんでおけば良いでしょ」


 正直、目の前で泣き真似をしているこいつが、私たち『対異能者対策部隊』と敵対するような行動を取らない限りは、基本的に私は干渉しないし、するつもりはない。


「おっと」

「……」


 朝のラッシュにぶち当たっている時間だからか、人がさらに増えるし、この男との密着度も増える。

 それにしても、この体勢……俗に言う『壁ドン』とかいう奴か。


「センパイ、大丈夫……そうだね。何の反応も示さなれないのは、俺としては残念だけど」

「好きでもない男に密着されてときめくほどの感情を、私は持ち合わせてはいないし、そもそも君は対象外だからね」

「……何となく、そんな気はしてたけど、そういうの、他の奴らには言わないでやって。凹むだろうから」

「大丈夫、君だけにしか言わないから」


 それはそれでなぁ、と男は視線を逸らす。


「あと、前から気になっていたから言うけど、その『センパイ』ってわざとらしいからめてくれない?」


 呼ぼうと思えば、普通に『先輩』と呼べるだろうに、こいつの場合はきっと年齢的な意味だけじゃなく、『研究所』の所属歴からの意味もあるんだろう。


「でも、『先輩・・』の名前、知らないんだよね。自己紹介されてないし」

「なら、お互い様ね。私も君の名前を知らないから」


 あっさりと言い方は直されたが、そんなことよりも、私たちは互いに名乗ってすらいないのだ。

 『研究所』の関係者の中でも遭遇率は高い方だというのに。


「じゃあ、今のうちに名乗る?」

「断る。誰が聞いてるかわからないところで――」


 そこまで言って、何やらぞくりとしたが、すぐにそれは無くなった。


 ――ね? 俺が側に居て、正解だったでしょ?


 まるでそう言いたげに、目の前の男は笑みを浮かべた。


「ぐっ」


 どこからか、うめき声が聞こえたが、無視をする。

 何だかんだで私を観察しているこの男が、私への接触に気付かないわけがない。


「……先輩?」


 彼が握っている痴漢の手に触れる。


「『天誅てんちゅう』」


 そのまま軽い電気ショックを与える。


「うわぁ、えげつない」

「こういう奴は、一度こうされないと意味がないんだよ。今日は君が気付いてくれたから良かったけど、こういうことが続くとも限らないしね」


 敵対しているとはいえ、彼がこうして側に居たことには感謝しなくてはならない。……前言撤回しなくちゃなんないのが気になるけど。


「でも、俺にも来てたらどうする気だったの」

「私がやると思う? 通勤ラッシュの今、学校にも近づいてる上に、君に倒れられるわけにはいかないわけだけど」

「仮にも敵対してるのに?」

「……何。やってほしかったの?」


 その気があるならともかく……まさか、あるのか。その気が。


「やってほしくも無いし、その気も無いから」


 何か真剣な顔で言われたが、その気が無いと分かって安心した。ああいう奴は、攻撃しても通じないから厄介だしね。


「そう」


 まあ、私に被害が無ければ、こいつがどんな性癖の持ち主でも構わないんだが。


「……けどまあ、先輩になら良いか」

「は?」


 一体、何する気だよ。こいつは。

 警戒していたら、抱きしめられる。


「……何、してるのかな? 君は」


 答え次第では、感電死させるぞ。


「いや、他意は無いから、感電死はご勘弁を」

「なら、とっとと離れろ」

「それじゃ、さっさと用件だけ済ませます」


 そう告げて、奴は私の耳元で何かを言うと、あっさりと離れていく。

 本当に、それが目的とでも言いたげに。


「……」


 目の前で、余裕の笑みを浮かべているこいつが気に入らない。


「分かってもらえた?」

「……十分じゅうぶんに」


 その返事に満足したかのように、彼は「それじゃあ、お先に」と言って、電車を降りていく。


『俺の名前、当真とうま春馬はるまって言うから』


 それを聞いて、固まらざるを得なかった。


「本当、何で忘れてたかなぁ……」


 『研究所』時代に数回会っていたというのに。

 だが、彼の方は覚えているのだろうか。当時のことも、私のことも。


「ま、どうでもいいか」


 今は、どうでもいい。

 だって今は、遅刻しないようにしなければならないのだから。


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