第十七話 作戦会議(情報提供)


「ごめんねぇ。こんな時間にお偉いさんに会わせることになっちゃって」

「気にしないでください。どうせ、家に帰っても、一人ですし」


 支部長の謝罪に、そう返す。

 両親は共働きで家にいないし、そもそも今日は家に帰ってくるのかどうかも怪しい。


「それで、呼ばれた理由は、前にも言ったと思うんだけど……」

「そのことについては、向こうに着いてからということで」


 そもそも、何の情報もない私を何故所属させているのか疑問だったのだが、まさかスパイだとか思われていたとは。

 まあ、私が逆の立場でもそう思ったかもしれないけどさ。


 支部長が運転する車に乗って、本部へと向かう。

 そして、到着後に会議室のある場所へと案内される。


「大丈夫。私は貴女の味方だから」


 微笑む支部長に、若干緊張が和らぐ。


「分かってます。別に、異能を暴走させるようなこともないと思いますし」


 案内の人が、中に取り次いでくれている間に、軽く深呼吸する。

 本部の人たちが欲しくて欲しくて堪らない『研究所やつら』の情報。あれからのタイムラグはあれど、私が持つ情報は、けして無駄ではないはずだ。

 そして、会議室への扉が開く――





「それでは、所属と名前を」


 支部長に目を向ければ、頷かれる。


「『対異能者対策部隊』佐倉さくら隊所属、万里ばんり朱里あかりと申します」

「君のことは、そこの佐倉支部長から聞いてはいるのだが、それは本名でいいと思って良いのかな?」

「はい。本当のことは分かりませんが、必要であれば、そう呼んでもらって構いません」


 『研究所』について話すということだったから、遠慮なく告げる。


「では、我々は万里さん、と呼ばさせてもらおう」

「分かりました」


 それでは、と質問が始まる。


「君にとってはつらいことを思い出させることになるだろうが、こちらの質問には出来れば答えてほしい」

「全てに答えられるかどうかは分かりませんが、私の分かる範囲で良ければ」


 少しでも『研究所やつら』を潰せるのなら、何だって話そう。


「それでは、質問に移ろう。君が――通称『研究所けんきゅうじょ』に居たということは事実か?」

「それについては否定しませんが……そちらも呼び方は『研究所』なんですね」


 てっきり、分かっているのかと思っていたのだが。


「そうだな。こちらでも『研究所』と呼んでいる。その『研究所』について、教えてほしい」

「『研究所』についてですか……」


 さて、何から話せばいいものやら。


「無理しなくていいからね?」


 心配してくれる支部長の気持ちは有り難いが、私は話さなくてはならない。

 『研究所やつら』を穿うがてるだろう、この人たちのためになることを。


「いえ、何から話すべきかと思ったんです。『研究所かれら』が行っていることは、褒められるべきことではないので」

「そう……」


 支部長は相変わらず不安そうな顔をしているが、私は口を開く。


「私が『研究所』に居たとき――つまり五年前なのですが、『研究所』がしてきた研究は、『無属性』の存在意義についてでした」

「存在意義?」

「今では『無属性』は『万能』や『器用貧乏』だとか言われていますが、やはり他の属性と比べると、いくらか劣ってしまい、『無能』だとも言われています」


 誰も言葉を挟んでこない。


「そんな『無属性』に、他の属性と同じようで、それ以上の能力ちからを与えようというのが、『研究所』の目的でした」

「……」

「それが、始まりだったんでしょうね。『無属性』を持つ子供たちを集め、『無属性』を最強の異能とする研究が始まった」


 そして、『研究所』は堕ちていくこととなったのだ。


「研究……」


 誰かが声を洩らす。


「薬漬け、身体破壊、洗脳……まあ、簡単に言えば、人体実験ですね。どうすれば、『無属性』を変化させることができるのか、という」


 私が話している間にも、何人かが息を飲んだ。


「……君、は……」

「もちろん、私も対象でしたよ。対象となる子供たちは割り振られた番号で呼ばれ、もう何が何だか分からなくなるまで、実験は繰り返されましたから」


 だから、私は差し伸べられた手を受け取った。

 『研究所ここ』から――地獄から出られるのなら、と。


「……」

「そして何より、薬を打たれたりしたがために、その副作用で五感のいずれかを失ったり、幼児退行をする者までいました」

「……君には何かあったのか?」

「記憶障害と感情の欠損ですね。今でも十歳より前のことは分からないままですし、人を好きになるということがいまいちよく分かっていませんし」


 言い方は違うが、鈴ヶ森すずがもり君に話したようなことだ。


「それはつまり、『研究所』のことは、あまり覚えていないということか」

「覚えていなければ、ここでこうして話していませんし、それに、私は『私が分かる範囲でお話しする』と言ったはずです」


 今でも、不安な部分はあるのだ。

 いつか、その手を伸ばしてくるのではないのかと。


「どこから資金などを得ていたのかまでは分かりませんが、今でも研究が続けられていることは知っています」

「何故、分かる」

「だって、会いましたから。『研究所』の関係者に」


 あの二人が『研究所』の関係者であり、彼らの指示を受けて動いていることは見ていて分かる。


「なっ……!?」

「よく無事で居られたな」

「無事じゃないですよ。見た瞬間に関係者であることは分かりましたし、連れ戻されるかと思ったぐらいですから」


 それを考えると、よく今まで見つからなかったなと思えてくる。


「正直、あんな場所に戻りたくないですけどね。もし戻れば、数年越しの実験が待っているでしょうし」


 しかも、あれから成長した今、性的な実験もされかねない。


「『研究所』の場所は分かるか?」

「以前と場所が変わっていなければ」

「そうか……」


 大体、何を言おうとしているのかは察せられるが、悩むようにしているので、少し待ってみる。


「会ったという関係者と連絡は取れるか?」

「基本的に遭遇率は低めですよ? そもそも、連絡先は交換していませんし、『研究所』に連絡先が知られるわけにはいきません」


 連れ戻されかねないし、悪用される可能性がある。

 唯一分かっているのは、あの二人が通う高校ぐらいだけど――


「厄介ですよ、『研究所あそこ』は。今の私で勝てるかどうかも分かりません。それに、研究者たちは研究対象に対して、仲間意識なんてものはありませんから」

「……」

研究者かれらに必要なのは結果を産み出す『実験体』と自分たちの言うことを聞く『駒』なわけですし……でもまあ、私に関しては別でしょうね。これでも無駄に繰り返された実験にも耐えた上に、当時の中では『成功作』とされていましたから」


 いつだったか、『成功作』だと言われていたし、戦闘実験でも研究者かれらが喜ぶほどには、いくつかの異能が使えた。


「なら、君は今、どれだけの異能が使えるんだ」

「どれだけなんでしょうね。『研究所』を出てからは、使えなくなった異能もありますし」

「ということは、『研究所』も絶対では無いということか」

「全ての物事に、絶対など無いのですよ」


 私の言葉に、幹部の人たちがそう言い合う。


「でも、遭遇したという二人に対しては勝てる見込みはありません。一目で負けるって思いましたからね」

「そんなに、なの?」


 支部長は私の実力を知ってるから、そう思うのは無理もないか。


「本気でり合うなら。こっちが本気で、向こうが手加減しているなら、勝てるとは思いますが、そもそも、向こうが手を抜くとは思えませんし」

「だな。君を連れ戻そうとするのなら、手を抜くわけが無いだろうし」


 どうしたものか、と頭を抱える。

 一番良いのは、私が囮になって、『研究所』に向かうことだろうけど、その場合のメリット――現在の『研究所』の場所が正確に分かること――よりも、デメリット――私(たち)の救出と『研究所』自体を破壊すること――の方が大きい。


「君を囮にしたら、こちらにける『研究所』の情報を持つ者が居なくなるから、今は却下。それは本当の本当に最後の手段だよ」


 どうやら、支部長の隣に居る幹部の人には見破られていたらしい。


「……それじゃ、私が自分の意志で付いていくのは良い、ということですね」

「……そうだね」


 付いていく気なんか無いけどさ、彼らはまた接触してくるだろうから。


「それではもし、囮が必要だと言うのなら、いつでも言ってください。私は――引き受けますので」


 嫌で嫌でしょうがないけど、どうしても、と言うのなら、引き受けるしかない。


朱里あかり


 そう呼んでくれる人たちのためにも、そろそろ、この因縁に決着を付けても良いのではないのだろうか。

 もし、それが彼らだけではなく、以前の仲間と戦うことになったとしても、私は――囮として動くその時までに覚悟を決めて、その全てを破壊してやろう。

 今ある、全力を使ってでも。

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