第十五話 『名前』×記憶×そして……


 ――いま、『なまえ』がよばれた?


朱里あかり


 私のことをそう呼びながら、手を差し伸べてくる人物。

 顔は逆光になっていて、分からない。


 ――けど。


 それでも、つらくて、痛くて、暗い『研究所ここ』から脱出できるのなら――


「……り、万里ばんり!」


 気付けば、心配そうな顔をした鈴ヶ森すずがもり君と目が合う。


「あ、ごめん。大丈夫」


 ずっと、他の人たちからも下の名前で呼ばれていたと言うのに、何故、彼に呼ばれただけで、あの時の記憶が出てきたのだろうか。


「大丈夫っていう、顔じゃないがな」

「でも、大丈夫だよ?」

「……」


 あ、これ信頼されてねーや。


「ただ、いつも私のことを名字かコードネームで呼んでくる鈴ヶ森君が、いきなり下の名前で呼んできたから、びっくりしただけだよ」

「……そうなのか?」

「そうだよ」

「……」


 これでも駄目なのか。


「……けどまあ、『付き合っている』という信憑性を増すために、鈴ヶ森君も呼び慣れた方が良いだろうし、私も呼ばれ慣れなきゃね」

「別にそこは気にしなくても良くないか? もし、そのことを指摘されたって、俺たちには俺たちのペースがあるって、言えば良いんだから」

「それもそっか」


 本当、何で彼のようなタイプがモテてないのだろうか。

 もしくは、彼を見ている子は居るけど、本人が気付いていないとか。

 だとしたら、私がしていることなんて、その子に悪いことをしているんだろうなぁ。


「おい、何か変なことを考えていないか?」

「考えてないよ。ただ、昔の記憶を思い出しただけ」


 嘘は言っていないけど、この前記憶に関して話したからか、目を見開かれる。


「思い出した、ということか?」

「いや、元からあった記憶」

「……そうか」


 彼にしてみれば、私の記憶など絶対他人事だろうに、ここまで残念そうにされてくれるとは。


「でも、もう本当に大丈夫だから」


 でも、本当に何故このタイミングで思い出したのだろうか。鈴ヶ森君の声とも違う声だったと言うのに。


「さて、と。そろそろ行くかな」

「ん? どっかに行くのか?」

「ちょっとね」


 そもそも、そのためにここで時間を潰していただけだし。


「ああ、そうだ」

「どうかしたか?」


 目だけ向けられるが、頭を振る。


「――いや、何でもないよ。だって、今ここで言っちゃうと、死亡フラグになりかねないし」

「……何を言う気だったんだよ。あと、これからどこに行くつもりだ?」


 まあ、聞かれると思ったよ。


「言うと思う? それに、君もそろそろ時間でしょ?」

「……」


 わー、物凄く不機嫌そうだぁ。

 でも、シフトは絶対、だよ。


「それじゃあ――ありがとうね。海斗かいと君」


 多分、彼をそう呼ぶのは、今が最初で最後だ。

 さて――私は私で、『戦い』に向かいますか。


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