第八話 『無能』の少女は『狐』と偽りの恋人関係になる
いくら連絡先を交換していたからって、『十八時までに以下の場所にまで来い』は無いと思う。
いやまあ、だからこそ目的地にまで、こうして走って向かっているのだが。
「遅かったな」
「ぜー、ぜー……こっちは、これでも、急いで、来たんだけど」
呼び出した張本人はもう来ていたが、私は私で呼吸を整えながら、そう返す。
というか、こいつの制服姿、初めて見た気がする。
「……何?」
「お前、
「お前もか」
人のことを言えないが、やけにじっと見られているなぁ、と思ったら、そういうことかよ。
「お前
「いや、別に」
顔を顰められるが、こいつには関係ないことだ。
「というか、そっちは
そこで、
「美樹さん――
確か、彼女も濃緑ブレザーの鈴ノ森生だったはずだから、彼女について、聞くのはおかしくはないと思うのだが。
「本庄? 知り合いなのか?」
「中学の友人。さっきも会ってたんだけど、彼女と一緒に居たもう一人の友人の後輩たちが来て、久々だって言うのに、まともに話せなくなったんだよね」
「そういうことか」
納得したかのように頷かれる。
「中学の時がどうだったのかは知らないが、高校での本庄は割と有名人だぞ。もう一人の女とツートップとか言われている」
「わー……さすが、美樹さん」
「本人は嫌みたいだが、男子側の有名人たちが気を引こうと躍起になってる」
「もう一人の人は?」
「そっちも似たような感じだな。まあ、もう一人の場合は嬉々としてやっているようにも見えるが」
つまり、さっき会った後輩君たちは美樹さん派の子たちというわけか(一人は雰囲気的に付き合わされたみたいだったけど)。
「つか、本人に聞けばいいだろ」
「その本人が嫌がりそうだから、同じ高校であろう君に聞いてみたんだけど?」
そうかよ、と返される。
「あと、美樹さんには私が話したなんて言わないでよ? バイト先がバレるなんて嫌だから」
バイト先の奴が言ってたから、なんて美樹さんに言えば、きっと私から言ったってバレる。
「美樹さん、情報系の異能持ちだから、その気になれば、私たちがどんなバイトしてるかなんて、すぐに調べられるし」
「……分かった。話し掛けられようが無かろうが、本庄には話さないでおく」
どうやら、バレたらヤバイということは理解してもらえたらしい。
「それで、本題は?」
「……あー、それな」
何かいきなり歯切れが悪くなったな。
「一時的で良いんだが、その……」
「はっきりしないなぁ。一体、何なの」
彼にしては珍しく、目も泳いでいる。
「……の……を……」
「何。聞こえない」
視線を逸らしながら、ぼそぼそと言う彼に怪訝な目を向ければ、
「彼女の振りを、してほしい。ただ、一時的で良い」
「何でまた」
「友人たちにバイト先の奴と付き合ってるって、言ったんだよ」
おい。
「だったら、他にも居たでしょうに。何で私?」
「年が近いの、お前ぐらいだろうが」
「そりゃあ、あそこは年上が多いけど、二つ上の
「彼氏持ちに頼めってか?」
そーでした。あの二人はちゃんとした彼氏さんが居たんだった。
「それで、フリーな私なら同い年だし大丈夫だと」
「……まあ、そうなるな」
けど、私が駄目だったらどうするつもりだったんだよ。こいつは。
「お前も駄目だった時は、開き直って謝るから良い」
「なら、そうすれば良かったじゃん。私なんか、代役にせずともさ」
「いや、だって断言されたら、イラッとするだろ」
つまり、友人たちから断言されたわけだ。
「けど、いつも突っ掛かられる
「駄目か?」
さて、どう答えたものかね。
「私さ。二日ぐらい前に、同学年の人から告白されたんだよ」
「……」
「その人、うちの学校じゃ、それなりに有名な人だけど、私はその人のことをよく知らないから、振ったわけ」
「……それで?」
「そうしたら、私に知ってもらうために、休み時間になる度に、毎回教室に来るんだよね。お陰で彼を好きな女子たちと修羅場になりかけたし」
何が言いたいのか分からないと言いたげに、眉間に皺を寄せている。
「そういうことをなるべく起こさないって約束できるなら、期間限定の彼女役を引き受けてあげる。
「……本当に良いのか? 随分遠回しな了承の仕方だった上に、告白してきた奴からは口説かれてる最中だろ?」
「まあ、そりゃそうなんだけど。結局、私が好きにならなきゃ意味無いし。それに、彼に関しては、保険は懸けてあります」
「……俺、やっぱ嫌いだわ。お前」
「それはどうも」
どうやら、いつもの調子に戻ったらしい。
「それじゃ、私は帰るから」
「送るか?」
「それ、私に必要ないと分かってて聞いてる?」
「一応な」
……一応、ね。嫌がらせだろうが無かろうが、ここは大人しく心配されているのだと思っておこう。
「そ。でも、必要無いから」
「そうか」
「そう簡単にやられるほど、私は弱くもなければ、君の同期でもある私は、ここにはいない訳だしね」
「……確かにな」
無駄に戦闘経験が無いわけではないのだから。
「最後に確認するけど、約束、忘れてないよね?」
「お前が
「忘れてないようなら良いよ」
それじゃあね、と、そのまま別れる。
さて。夕飯、何にしよっかなぁ……。
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