第五話 『無能』の少女は狩り(バイト)に向かう


 思えば、この仕事も長いことしてきたなぁ、と高いところから眺めながら、ふと思う。

 正直、クラスメイトたちだけではなく、同学年の人たちからも疑われている状況で、この『仕事』はしたくはないのだが、私の能力上、今はこれぐらいにしか役立てられないのだから、仕方がない。


「いつから一人に戻る・・かなぁ」


 幼馴染である大地だいちが離れてからは、本当に文字通り一人ぼっちとなった。

 小・中と先生たちには心配されたが、その時の私としてはもう当たり前すぎて、気にもならなかったほどだ。


「あ、こっちに来たか」


 ウサミミの付いたフードを被り、下へと降りていく。

 何故ウサミミなのかを問われれば、分からないとしか返せないのだが、他のメンバーにも犬や猫、狐や熊などの動物ケモノ耳が付いたフード付きコート(夏は半袖、冬は長袖仕様)を着ているのだから、私一人が文句は言えない。

 ――あ、いや、(私の知ってる限りで、)文句を言っている奴は一人居るわ。


 まあ、そんなことはどうでも良いのだ。

 さっさとやるべきことを終えれば、バイト先・・・・の上司に仕事終了の報告をして、完全終了である。


『あと、そうそう。シュリちゃんなら大丈夫だと思うけど、最近やられた振りをして牙をくってこともあるみたいだから――』

「――っつ!?」


 背後からの殺気に、あの後に続けられたであろう『気を付けてね』という言葉は、耳には届かなかった。


「マジか」


 睡眠時間を考えると、これ以上は時間を掛けたくない。

 一度通話を切って、向かい合う。あの人なら、きっと私に何があったのかを察してくれたはずだ。


「っ、」


 夜だというのに――いや、夜だからこそ、甲高い音が響く。


「全く。こういうことするために、国が武器の所持を許したんじゃないって言うのに……」


 それでも、他者より有利に立てるという『力』は魅力的なのだろう。

 本当、こういうものは良い面もあれば、悪い面も表に出てくるものだ。


「今度こそ、終わらせる!」


 持っていた刀を握り直し、相手の剣を落とさせ、気絶させれば、私の――私たち・・・の役目は終わりである。

 面倒なことは、こちらに向かっているであろう警察とかそういうのの専門部署に任せればいい。

 今度こそ、ちゃんと報告をして今回の仕事を終わらせる。


「……ウサミミの人は一人ぼっち~、ってね」


 ……帰り道に、自分でそう言っておきながら、むなしくなったのは言うまでもない。


「シュリ」


 呼ばれたので振り返ろうとしたのだが、首に刃物が当てられているせいか、振り返られない。


「何かな。フォックス君」


 狐耳の付いたフード付きコートを来ている彼に、横目で視線を向けながら尋ねる。……まあ、見るまでもなく、声で彼だと分かるんだけど。

 あと、こういう時は『ラビット』と呼んでほしい。『シュリ』なんて呼ばれると、反応を間違えそうになる。


「相変わらず、甘いよな」

「大きなお世話。それに、私の能力じゃ、あれが限界」


 武器が刀で属性が『無』である私のやり方に、武器が大鎌で、ちゃんとした属性異能持ちであるフォックスには、甘く見えるのだろう。

 でも、私たちの『目的』は、暴走した異能者を『無効化する』ことであって、『殺す』ことではないから。


「言い訳だろ。そんなの」


 ……だろうね。『万能』と言われ、器用貧乏でもある『無属性』だ。 私はまだ、『無』を完全に使いこなせている訳じゃないけど――


「言いたいことがあるなら、好きなだけ言えばいいよ。フォックスの気が済むまでね。でも、物理的なものは勘弁してよ。話す度に、こうやって刃を向けられてたら、落ち着こうにも落ち着けない」


 こいつが突っ掛かってくるのは、今に始まったことじゃない。

 入った時期が同じ――つまり、同期なため、勝手に向こうが敵視しているだけなのだ。


「っ、その余裕ぶってんのが気に入らねぇんだよ!」

「知ってるよ。同じこと、何回も言われたし」


 それに、本当は私に余裕なんか無い。


「フォックス」

「あ?」

「君だけは変わらないでよ?」

「はぁっ?」


 何言ってんだ、と言いたげにされるが、今はそれで良い。

 彼も、時が来れば知ることになるだろうが、今はまだ――……


「これだけは約束して。もし、私があちら側・・・・に行ってしまったときは、君が絶対に対処してくれるって」

「あ? まさか、奴らに同情でもしたか?」

「んー、それは違うけど、とにかく約束して」


 鎌の刃が当たらないように離れて、フォックスに目を逸らされないように距離を詰めて、顔を近付ける。


「分かった?」

「あ、ああ……」


 顔を近付けたからか、お互いの顔がよく分かる。

 驚きからなのか、単に距離がいきなり近付いたからなのか、フォックスは珍しく照れているようだが、私としても、彼の顔をこんな近くで見たのは初めてだから、その気持ちは分からなくはない。


「なら、良いや。それじゃ、私は帰るよ」

「……そうか」

「約束、忘れないでよ!」


 最後に念押しして、帰宅する。

 きっと彼なら、約束を全うしてくれるはずだ。


 ――その後、『火』の夢を見た。


 その場でゆらゆらと揺れているはずなのに、熱くもない、幻影のような『火』。

 幼馴染は忘れているが、彼はどうなんだろうか? あの時・・・の記憶は消したはずだが、彼は今でも覚えているのだろうか。


「……もう朝か」


 菜々美ななみかなでが私にどう対応してくるのか一番気になるが、悩んでいても仕方がない。

 結果は結果として、甘んじて受け入れようじゃないか。


 そして、私は何事も無かったかのように、いつも通りに朝食を食べ、戸締まりして、家を出たのだった。


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