第四話 『無能』の少女は悩まされる


 は、早速やらかしてくれた。

 いや確かに、彼の人となりを知ったら、付き合う可能性や彼に好意を抱く可能性はあるだろうが――


「ねぇ、聞いてる? 朱里あかりちゃん」

「……」


 今は限りなくゼロに近い所か、ゼロ以下、マイナスだろう。

 そんな、奴こと星宮ほしみやすばるは、私の前で机の上に腕を乗せながら、にこにこと笑みを浮かべている。


 現在、一限目の休み時間である。


 我がクラスの授業が終了した数十秒後に、星宮君はやってきたのだ。私の元へと。

 その時の女子たちの悲鳴と男子たちの驚きの声と言ったら、うるさいの何のって。

 しかも、星宮君が「朱里ちゃん」なんて呼んでくるもんだから、さらに声が上がる。


「昴! 一体、どういうつもりなの!?」


 茶髪にばっちりメイクした女子のご登場である。


「この子がなんて呼ばれてるのか、知ってるんでしょ!? なのに、何で!」

「何でって言われてもなぁ……」


 しばし考える仕草をして、星宮君やつは爆弾を落とした。


「俺が告白したら、俺のことをあんまり知らないって言われたから、これから知ってもらおうかなーって」


 (笑顔で)馬鹿正直に言う奴が居るか! ――って、言えたら良かったんだが、茶髪の彼女が物凄い睨んできているので、反論すら出来ない。


「あ、こんなところに居たぁっ!」


 また増えたし。しかも、茶髪だし。


姫華ひめかぁ。昴君の教室に会いに行ったのにぃ、いないんだもぉん」


 その上、ぶりっ子と来たか。


「それでぇ、一体、何をしてたのぉ?」


 ……何だろう。この話し方を聞いてると、イラッとする。


「んー? 柚希ゆずきはともかく、姫華には関係ないよね?」


 あ、なるほど。この三人の関係性は理解した。

 星宮君が許している・・・・・のは『柚希』と呼ばれた彼女ぐらいで、『姫華』と呼ばれた彼女には気を許していないらしい。

 口で笑みは浮かべていても、目が笑ってないことに柚希さんとやらは気付いているらしく、冷たい目で見ていたが、姫華の方は気付いていないらしい。


松乃宮まつのみやさんは知らないみたいだけど、昴ってば、この子に告白したみたいで返事待ちらしいよ?」


 あ、柚希さんの中ではそうなったのね。

 けれど、星宮君が私に対して口パクで何か言っているが、読唇術なんて使えないから、何を言っているのかが分からない。


「へぇ~……この子がぁ~私の・・ぉ~昴君にぃ~手を出したんだぁ~」

「先に手を出したのは俺だからね?」


 星宮君がそう告げるが、どうやら聞こえていないらしい。

 あと、『手を出した』なんて、勘違いされるような言い回しは止めてほしい。


「その程度のぉ、見た目でぇ~……姫華の昴君に手出しするとかぁ、ふざけないでくれるぅ?」


 おい、今「うわ、修羅場!?」とか言った奴は誰だ。

 あと、姫華嬢。それは言っちゃあ駄目だ。――もう、遅いみたいだけど。


「ふふっ、マリリンがその程度の見た目とか言いやがった? 言いやがったか? この女」


 菜々美ななみが幽鬼の如く、こちらに近寄ってくる。


「こ、この女!?」


 きっと、今まで言われたことがないのだろう。


「鏡で自分の顔を見直してきたら? ぶりっ子なんて、可愛くも何ともない。そして、あんたよりはマリリンの方が百倍マシ。あんたが崇拝する『昴君』とやらが、自分から告白したのがその証拠でしょうに」

「な、なぁっ!?」


 姫華嬢は口をパクパクさせる。金魚みたいだ。


「あんたなんか、パパに言って、退学にしてやるんだから」

「親に言うとか、子供かよ」


 はっ、と吐き捨てる菜々美だけど、これ以上はマズい。


「……姫華さん、だっけ。貴女の名字が分からないから、はっきりとは言えないけど、止めときなよ」

「はぁっ!?」


 もう、完全に猫が取れてんな。


「菜々美を敵に回さない方が良い。これでも吉瀬きせ家のお嬢様だから」


 ちなみに、字はこうね、とノートに書いて教えれば、姫華嬢の顔が引きつる。どうやら、彼女の家は吉瀬家よりも格下らしい。


「ちゃんと、同学年だけでも調べておいた方が良いよ。菜々美みたいなのも居るわけだし」

「みたいなのって、酷い~」


 どさくさ紛れに抱きついてこようとしたので、顔(というか顎)を押さえることで阻止する。


「っ、」


 姫華嬢は悔しそうな顔をする。


「というか、マリリン。私が吉瀬家の令嬢なんて、よく知ってたね」

「ん? ああ……ちょっとね」


 同じ班になったときに気になったので調べた――のではなく、入学式の時に、同学年だけでも、と調べたのだ。菜々美に関しては、その時の情報を引っ張り出したに過ぎない。


「私独自の情報網があっただけです」


 だから気にするな、なんて言っても無駄だろうけど。


「むー……そういや私、マリリンのことよく知らないや」

「確かにそう言われると、私も朱里しゅりっちのこと、あんまり知らないなぁ」


 目を向けられたって、話さないよ?


「私たちが知ってるのって、日向ひなたの幼馴染ってことぐらいだけど」

「――日向?」


 おや、星宮君に何か引っ掛かったらしい。


「日向は日向でも、日向ひなた大地だいちの方ね」


 とりあえず、補足しておいてやる。

 この学年には『日向』姓が二人も居るから、よく間違えられる、と本人がよくぼやいていた。


朱里あかりちゃん、本当に何者? 俺のこと知らないとか、嘘だよね?」

「私は、人となりが分からないと言っただけで、情報としての君を知っているだけに過ぎないよ」

「……」


 好きなものから嫌いなものといった聞けば分かるものから、どこの出身だとか本人が触れてほしくないことまで、私は知っている。


「何なら、私のことを調べてみればいいよ。菜々美たちもね」


 知ったら、きっと距離を取る。


『――朱里あかりっ!』


 ああやって私のことを呼んでくれた、幼馴染みたいに。


 さて、明日からどうなることかね。


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