第三話 『無能』の少女は赴いてみる


 さて、時間と場所の指定があったものだから、罠だろうがなんだろうが、向かってみることにする。

 それにしても、『放課後』の『校舎裏』とは、集団イジメに持ってこいな場所だよなぁ、と思う私はひねくれているんだろうか。

 まあ、告白だろうとイジメだろうとそう簡単に受けるつもりはないが。


万里ばんり

「……こんなところで何してるの?」


 はて。何故、彼がこんな場所に居るのだろうか? 彼に手紙の内容を教えた覚えもなければ、いつどこに行くのか教えた覚えもないのだが。


「そっちこそ」

「私はちょっと、こっちの方に用事があってね」

「そうか。――で、本当に行くつもりか?」


 うーん。やっぱり、彼は私がこの先にどんな用があるのかを知っているらしい。


「時間と場所なら、席に戻るときに見えた」


 私が疑問に思っていることを察したらしい。

 そういえば、彼は選択の授業が菜々美ななみたちと一緒だったっけ。

 確かに、あの二人よりも戻ってくるのが早かったはずだから、その時に見られていた可能性があるわけだけど、その一瞬で内容を把握したってこと?


「そっか。次は背後にも気を付けないとなぁ」

「そういう問題じゃないだろ」


 どうやら、菜々美たちと同様に、心配はしてくれているらしい。


「……もういい。何かあったら、大声で呼ぶか叫べ。万里が戻ってくるまでは、ここに居るから」


 どうやら、緊急時になったら、助けに来てくれるらしい。


「ん、ありがとう」


 私は『無能』であるというのに、みんな心配性で、優しくしてくれる。





 壁越しにこっそり覗いてみれば、相手はもう来ていたのか、壁に背中を付けていた。


「……」


 この距離で、私からの第一印象は『関わっちゃダメな奴』だ。

 正直、あんな『いかにも目立っていそうな人』の近くに行きたくはないが、ここまで来ておいて、引き返すのも失礼だろう。

 とりあえず、深呼吸して、待っているであろう彼の元に向かう。


「へぇ、本当に来た」


 うん、罰ゲーム告白のパターンか。


「じゃあ、さっさと言うわ。俺と付き合ってもらえない?」

「それは、買い物に、でしょうか? それとも、告白としての意味ででしょうか」


 きっと罰ゲームパターンであろうと、後者の意味として言ってきたんだろうが、私はそう簡単に引っ掛かるつもりも、騙されるつもりもない。


「もちろん、後の方だよ」


 一歩近付かれたので、一歩下がる。


「私のこと、知ってますよね?」

「うん、知ってるよ。『無能』な万里ばんり朱里あかりさん」


 笑みを浮かべられるが、胡散臭さしかない。これならまだ、相澤あいざわ君から向けられた微笑みの方がマシだ。


「私、今までも似たようなことを言われたことがありましてね。全部が全部そうではなかったんですが、罰ゲームや冗談半分で告げられたことしか無いんですよね」

「つまり、俺の告白も、その二つのうちのどちらかだと」

「違うとでも?」


 私が問えば、相手はさっきの胡散臭い笑みではなく、本心からのものであろう――口だけ弧を描いた笑みを浮かべる。


「ああ、違う」

「どう違うと? 手紙の外にも中にも名前を書いてない人を、どう信じろと?」


 そう言えば、驚かれたような目を向けられる。


「えっと、外はともかく、中にはちゃんと書いたはずだけど?」

「ありませんでしたよ?」


 「おかしいな」と言われたので、一応持ってきていた手紙――封筒から、中身を取り出して見せてみれば、「本当に書いてない……」と相手は呟く。


「でも、確かに俺は書いたし、字も俺のものだし……」


 どういうことだ? と首を傾げられるが、そんなこと、こっちが聞きたい。


「あー、えっと、こうなると、じゃあ自己紹介からか」


 そこからかよ、と言われても、私は知らない。


「俺の名前は星宮ほしみやすばる。万里朱里さん、俺と付き合ってもらえないかな?」

「……」


 真面目な顔をしながらも、完全なる言い直しではあるが、さて、どう返したものか。


「本音で言います」

「うん、どうぞ」

「貴方のことを何一つ知らないので、ごめんなさい」


 本当は、この人のことを知ってる、知らないではないのだが、この場では断っておいた方が良いはずだ。

 私が受けたなんて言えば、彼の方にも批判などが殺到するだろうし、私にも何らかの被害が出ていれば、気にするだろうし(手紙の件で把握した)。


「……そっか」


 ただ一言、そう返されただけだった。


「それでは、失礼します」


 少しばかり、一人にさせた方が良いと判断してのことだったけど、何か腕を掴んで、引き留められた。


「あの……?」

「じゃあ、俺のことを知ってもらえたら、少しは可能性があるって思っても良いんだよね?」

「え、あの、それは……」


 何をどう返せばいいのだ。


「それで、再度告白したときは、受けてもらえる?」

「どうですかね。その時に、貴方を好きだった場合は、ということになるでしょうが」

「良いよ。今はそれで」


 彼は――星宮昴は、笑みを浮かべて頷いた。


「それじゃ手始めに、俺のことは『昴』って呼んで。みんなそう呼んでるし」

「分かったよ。星宮・・君」

「……」


 ある意味有名な同学年の男子を、そう簡単に下の名前で呼ぶわけがなかろうに。

 けれど、男友達が一人増えたと思えば良いか。


「じゃあ、今度こそ、さようなら」

「うん、じゃあね。朱里ちゃん・・・・・


 帰ろうとすれば、また足が止められる。


「次会ったときにそう呼んだら、君の告白、無かったことにするから」

「えー、だって、『万里ばんりちゃん』って、何か違うじゃん」

「何で『ちゃん』しか無いわけ!? 『さん』とか呼び捨てにするとか、方法があるでしょ!?」

「だって俺、女の子は『ちゃん』付けしたいタイプだし」


 いや、知らないよ。そんなこと。


「あ、『万里まりちゃん』なら――」

「それは止めて!」


 菜々美と星宮君の二人からそう呼ばれるとか、突っ込みや訂正が面倒なんだけど。


「じゃあ、『朱里あかりちゃん』で、許してもらえない?」


 ……こいつ、わざとじゃないよな?


「もう、それで良いよ……」


 少しの間、騒がしくなりそうだが、私は知らない。星宮君に噂の処理をしてもらおう。





「あ」

「……」


 戻れば、彼はまだちゃんと、そこに居てくれた。


「何もなくて、良かったな」

「うん。こんな所で、ずっと待っててくれて、ありがとう。あと、ごめんなさい」


 最初に会った場所より、若干近かったことから、声をよく聞くために近付いてくれたのだろう。


「いや、俺が勝手にやったことだから、気にするな」


 それじゃあな、と言って、彼は帰っていく。

 うん、まあ、そうなんだけど。


「ありがとう、黒城君」


 黒城くろき遙月はるき

 私の隣の席の彼は、どうやら私のことを、それなりに気に掛けてくれているみたいです。


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