いつも通りの日々

第一話 『無能』の少女は斯く語る


 目が覚めて、最初に思うのは。


「……朝っぱらから、何故あんな夢を見なきゃなんないのだ」


 見たくないだとか、記憶の奥底に沈めておきたいとかいう訳ではないが、やはり嫌な記憶というのは、夢であろうと触れたくはないものだ。


 手早く支度を済まし、朝食を食べて、戸締まりして、家を出る。


「おはよー」

「もう、一限から英語だよー」

「うへー」

「マジかぁ」


 学校に近づけば近づくほど、そう友人同士でそう話している人たちが増えていく。

 そして――


「ほら、あの子が例の・・


 そんな陰口も聞こえ始める。

 それにしても、今日は『例の』と来たか。私も有名になったものである。


 さて、それでは暇潰しがてらに少しばかり説明でもしておこうか。


 この世界は『異能』と呼ばれる魔法のような能力が存在している。

 その効果は、攻撃や防御、回復や補助など様々であり、そこに属性が付け加えられることによって、それぞれが持つ異能は分類されている。

 例えば、火属性なら攻撃、水なら攻撃も可能だが、回復と防御、といった具合に。その他で言えば、風は遠距離攻撃に向いているし、弓や銃といった射撃系の武器を使用する人たちが好んで選び、使っており、地(土)なら所持魔力量は多く、水以上の防御力もある。

 上記に上げた四つ――『火』『水』『風』『地』以外にも、属性は存在しており、『光』は回復と浄化、『闇』は視界遮断や精神支配など、相手を不安にさせるようなことを主に得意としている。

 そして、最後に私も持つ属性、『無』である。基本的にどの属性も使えるし、どんなタイプの異能も使えるのだが、やはり何というか、はっきりと言ってしまえば、器用貧乏なのだ。

 属性持ちはどれかに特化してはいるが、『無』はこれといった特化した部分がない。しかも、威力も威力だから、下位互換だ何だと言われている。それ故に、『無属性』と掛けてもいるのだろうが、私たちは『無能』と呼ばれているのだ。

 本当、嫌な言い方をしてくれたものである。こんな能力でも、使い方次第では万能だというのに。


 気づいたら、昇降口にいた。

 相変わらず、様々な会話や陰口が聞こえてくるが、聞いていても気持ちが良いものではないし、キリがない。

 だから、さっさと教室に向かうことにする。クラスメイトたちは比較的友好的で、私が『無』であっても、「便利なのにね」と言ってくるほどだ。いつだったか、班分けの時に何故か取り合いをされた。

 その時に同じ班になった子たち曰く、「万里ばんりさんは同じ『無』でも、他の子よりも出来ることが多いって聞いたから」とのこと。能力目当てか、とも思ったけど、一緒に過ごしてみると、どうにも違ったらしい。とにかく、こっちが振り回された覚えが……いや、それしか無いな。


 開閉式の靴箱を開けてみれば、何やら手紙が入っていた。


『万里 朱里様へ』


 何となく違和感はあるが、それについて、今は後回しにしよう。

 裏を見ても、差出人の名前はない。

 さて、これはどうするべきなのか。

 明らかに――


「おっはよー、マリリン! って、何それ!? 今時珍しいラブレター?」

「……」


 それはない。

 それにしても、うるさい人が来たものである。

 私の名前の読みは『万里ばんり』であって、『万里まり』ではないと訂正したのだが、「でも、可愛いじゃん。マリリン」と余計なものまで何かついた時点で諦めた。彼女と先に友人だった子たちからも諦めろと言われたし。

 さて、そんな彼女こと吉瀬きせ菜々美ななみは、私の手の中にある手紙を見ながら、目を輝かせていた。


「はいはい。ラブレターじゃないかもしれないんだから、わくわくしない。あと、朱里しゅりっちへの扱いが扱いなだけに、わざとかもしれないでしょ」


 菜々美の制止役にして、私に諦めろと言った彼女のご登場である。

 菜々美のコントロール役こと白澄しらすみかなでも、私の名前は『朱里あかり』だと言ったのに、『朱里しゅり』と呼んでくる。どうやら、類は友を呼んだらしい。


 まあ、そんなことはどうでもいいのだ。

 問題はこの手紙であり、菜々美が騒いだことで、こちらに注目している人たちをどうにかせねばならない。


「あれ? 見ないの?」

「後で見る。何となく、分かるし」


 こうやって、手紙が来ないことはないのだ。

 一つは、罰ゲームによる告白のための呼び出し。

 一つは、『無』である私への罵倒が書かれた内容。

 一つは、目的も何もないその他。


 ちなみに、一番多かったのは、二つ目である。便箋と封筒の無駄遣いである。次点で三つ目。一つ目なんて稀だ。


「んー、私たちもマリリンの下駄箱に手紙があるのは見たことがあるけど、今回はラブレターのような気がするなぁ」


 菜々美がそう言うのを聞きながら、三人で教室に向かう。

 同じクラスなのに、バラバラで向かう意味がない。


「ちなみに聞くけど、根拠は?」

「勘。それに、マリリン可愛いし」


 理由になってない。

 奏も同じことを思ったのか、溜め息を吐いている。


「それで、もし本当に告白だったらどうする?」

「どうするもこうするも、私を相手にしたところでネタにしかならないでしょ」


 もし、そうなれば、「あの『無能』と付き合うことになったんだぜ」「へー、今度どんな感じだったのか教えろよ」といった会話がされそうだ。


「むぅ、もういいもん。マリリンの可愛さは私たちが分かっていればいいんだし」


 ぎゅーっと菜々美が抱き締めてくるが、持っている荷物があるから、地味にそれが当たってくる。

 そのまま教室のある階に着けば、「あいつら、何してんだ」的な目で見られる。

 ……ええ、本当に何してるんでしょうね。


「おや。朱里っちの運命の人は、相変わらず、まだみたいだね」

「違うから」


 教室に入れば、奏がこっそり言ってくるが、全く違う。


「何が違うの。新学期の初日は大体同じクラスで隣の席。クラスが違っても、何故か隣同士になる。これのどこが運命じゃないとして、何て言うの?」

「さあね」


 だから、早く荷物を置きに行けと促せば、はいはい、と二人とも自分たちの机に荷物を置きに行く。

 そんな二人を見ながら、溜め息を吐く。

 ああ、こんな気分のまま、今日一日過ごさなきゃなんないのか。


 ――こうして、いつもと同じようで、違う一日が始まったのである。


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