第22話
パンクはライブハウス裏の喫煙所でひとりで煙草を吸っている。
オシャレはツアー中に喉を痛めてから煙草を控えているし、メタルとジャズさんは1本だけ吸うと中に戻ってしまった。
メタルは煙草を吸いながら、昔このライブハウスにデスメタルのイベントを見に来て無理矢理連れて来たオタクに泣かれた、血糊まみれになった、という話をしてジャズさんの笑いを誘っていた。
パンクには未知の話である。そして二人は先に「腹減った」とそこを離れてしまったのである。
今、最後のライブという緊張で煙草を止められないのはどうやらパンクだけのようだ。
するとそこに社長が現れた。
オーディション以降、なかなか顔を合わせる機会の少なかった社長も流石にツアーの関東公演にはまめに顔を出した。昨日の晩餐会で初めてまともに会話をしたのだが。
パンクは小さく挨拶をすると、社長はにこやかに煙草をくわえ、パンクからライターを借りる。一見とても気さくな50代初めくらいのダンディな男だ。
勇気を出してパンクは何故自分をオーディションで選んだのか社長に聞いた。
社長はしばしマジマジとパンクの顔を見た後、弾けるように笑い出した。
「それはパンクがとても楽しそうにギターを弾くからだ、それに音のバランスで言えばお前とオシャレの相性は悪くない。リズム隊が上手いから後はどうにでもなると思った」
そして社長は昔、パンクが働いていた居酒屋に何度か行った事があると言い、パンクの特徴的な外見を覚えて居た事、パンクならバンドのムードメーカーになってくれるのではないかと思ったと言う事を淀みなく言葉にした。
めんどくさいバンドだから、空気を良くしてくれそうな奴が大事なんだ。社長はそう言う。
パンクの耳元で大きなピアスが風に揺れる。
「それにこっちはあらゆる手を使ってお前らの事調べてるんだ、お前は明るくて人脈がある、そう見込んだ。だからすぐ使えるスタッフもバイトで雇えただろ、お前のおかげで。経費削減だから正社員は簡単に雇えないけどバイトなら少し無理すればなんとかなるんだよ。忙しいから面接の手間だって面倒なんだ。そこでお前が役に立ってくれた。俺の思惑通り」
聞いてしまえばとてもあっさりした、しかしパンクに取っては気持ちの落ち着く話だった。
今首筋を撫でるのは春の風だ。
パンクは社長に頭を下げ、準備があるので、と中に戻った。
「こんなでっかい箱でチケット売り切れとか始めてだわ、そもそもチケット売り切れとかミラクルだよな」と、パンクとエースはやたら楽しそうだ。
パンクはパンクで一時期何かバンドについて思い悩むような素振りを見せていたが、福岡以降はすっきりした顔をしている。アニメのようにわかりやすく表に出すわけではないのでオシャレは少し気を揉んだが、機嫌が良いのならこの上ないことだ。この最後のライブが上手く行くのなら問題ない。
今日で最後だね、と言いながらクイーンがアニメのメイクを手伝ってくれる。
以前劇団の臨時手伝いをしていた事もあったようで、クイーンはメイクが上手だ。折角なので「最後だし目一杯派手なメイクにして」とアニメは目を閉じてクイーンに委ねた。
次に目を開いた時、鏡に映った自分は黒鳥のように最高にかっこよかった。これなら幾らでも強い気持ちになれる。
「アニメ、昨日してたビスケットのヘッドドレスはどうした?」
クイーンにそう聞かれたので、アニメはハート型のカバンからそれを取り出した。
これはアニメの大事なお守りなのだ。
15の誕生日にお母さんが買ってくれた。
「今日のメイクならこれつけてもいいと思う。かわいいよ」
ビスケットを頭に乗せて貰う。
もう一度鏡を見ると、とても素敵だった。
「ありがとうクイーン」
「いいえ、お仕事だからねこれも」
2人で記念写真を撮る。そしてクイーンは慌ててロビーの物販席へと走って行った。
アンデッドブースター、最後のお仕事だ。
今日のライブが終わったらゾンビは死ぬ。
そして私は前に進む。多分。
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