第20話

最後の東京公演の前夜、少し大きな地震があった。

だけれど誰も動じる事無く明日の準備を淡々と進める。


「絶望を気にしないふり」をしているのだ。


不安に負けたら歩く事が出来ないのだから。


もうそろそろ初夏と言われる時期のはずだけれど、天気は毎日安定しない。

最後のライブは湾岸地域にあるとても大きなライブハウスだ。

しかしそこは少し交通の便の悪い場所にあったためメンバーは全員寮ではなくライブハウス近くのホテルに泊る事になった。


地下駐車場はゾンビサイボーグ、スリーのためにちょっとした厳戒態勢で、常にSPよろしくスタッフがつきっきり。

その入口でジャズはずっとゾンビの眠るトラックを見つめていた。

ジャズさんの背後に社長が近づく。社長は静かな声でジャズさんに謝罪の言葉を述べた。しかしジャズさんの目を真正面から見る事は出来ないのだった。


「あなたの大事な家族には悪い事をしたとは思ってる、だからあなたをこのバンドに採用した。スリーと少しでも一緒の時間を作って欲しくて。だけど申し訳ない、私に取ってもスリーは愛する人なんだ。もし私が憎いなら最後のライブが終わった後に殴ってくれて構わない」


その言葉を背中で受け止めながらジャズさんは俯いた。その口許には笑みが零れているが、目は笑う事など出来ない。

コンクリートに涙がひとつだけこぼれた。


「わかってます、社長。だけど病気は止められるもんじゃなかったからなんとか気持ちに整理はつけてます、何よりこういう形とは言え少しだけ長く彼女を生かしてくれた事には感謝してます。一応」


ジャズさんは社長を置いて駐車場を離れる時、小さな声で「ごめんね」と呟いた。それは彼からのスリーへの謝罪であった。


このバンドのボーカルを務めるスリー、彼女が実はジャズさんの親戚の娘である事をバンドメンバーが知るのは最後のライブが終わってからの事。

そしてほんの18歳の少女でありながら社長の愛人だった事はジャズさん以外誰も知らない。


彼の中にある、彼女を食い物にしているという罪悪感。

それを誰も知らないままこの半年という月日が淡々と過ぎ去ったのであった。

これは悲しくも愛しい時間であった。

大事な家族への罪の意識の傍らで、だけど最後に少しでも一緒にいられたという喜び。

その複雑な感情が彼を達観させたのであった。


もしスリーがゾンビ病に罹患せず、普通のボーカリストだったなら。

きっとアニメと良いライバルになっていたに違いない。

オーディションの時からずっとそう思っていた。

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