第19話

福岡のライブ、2日目中止が決定された時、既に会場に来ているファンも多数いた。

そのため物販だけはロビーで時間限定で行い、バックバンドのメンバーのみ握手会とサインに応じた。

ただしオシャレだけは楽屋で寝かされていた。


その時まさかの両親の来襲にアニメが号泣した事は言うまでもない。「誕生日おめでとう」と綺麗な花束を手渡され、アニメは化粧が落ちるのも気にせず泣いて泣いて泣きまくった。

強く抱きしめ過ぎた花束はぐちゃぐちゃだ。だけどアニメはその花束をずっと手放そうとしなかった。

そして凄く嬉しかったけど親の顔をまともに真っ直ぐ見られなかった事を後になって少し後悔した。

決意が鈍らないように、あの時は必死だったのだ。


パンクは福岡から東京に戻る車の中でオタクとよく話した。休憩とホテル泊を含むものの、流石にこのツアーの移動は長時間極まりない。

非常食としてアニメの両親から差し入れられたお菓子はかなりの量であったにも関わらず、ひたすら男性陣の胃袋に飲み込まれていく。意外な事にアニメの父は防災用品の会社で働いており、期限切れの近い非常食を提供してくれたのである。


電波が途切れやすい少し古い形のタブレットに苛立ちながらずっとゲームをやっているオタクは途中で酔って吐きそうになった。

それをパンクが嫌みなくさらりと助けた。昔居酒屋でバイトをしていたパンクは素早い。居酒屋で吐く客の相手など慣れだ。

オタクは正直接点の少ないパンクには余り心を開いていなかったが、そこからパンクの居酒屋時代の話には興味を持ったようで少しづつ会話が生まれた。

パンクの昔話は単純にバカバカしくて面白い。途中でエースの援護が入ると更に笑いが生まれる。聞いていて気が楽になる。恐らくパンクとエースの関係性はオタクとメタルの関係性に少し似ている。

やっと親近感が湧いたところだというのに、アンデッド・ブースター3代目は既に終わりに近付いている。その事が残念でならない。

その時メタルはいびきをかいて寝て居た。

寝言で海外のメタルバンドの曲を微かに口ずさんでいるようだが、その曲を知っているのはこの車の中でメタルとオタクだけだった。

昔一緒に海外のバンドのライブに行った事をふと思い出す。あの時は今のこんな状況など全く想定はしていなかった。


真ん中の東京公演は特にトラブルも無く無事に終わった。

ようやくオシャレの調子も戻ってきた。

この時オタクが出待ちの客のひとりに追い掛けられたがエースの機転で事無きを得た。

「オタクさん、正直弱そうだから舐められるんですよ。いつも髪の毛で顔隠してて。堂々としてればいいんです。オタクさんは頭がいいからきっとその気になればなんでも出来ます」


仙台は物凄く寒い。異常気象極まれりといったところか。

もう4月も終わるというのにストールをきつく巻き付けて駐車場を早歩きする。雨がいつ雹になっても驚かない。アニメはあの冬のはじまり、寒い中チラシを配った日の事を思い出す。

機材の多い男連中は大変だ。負けじとアニメも手伝うが、どうしても足元がおぼつかない。元々寒い土地である。


あの過去の大震災から奇跡の復興を遂げてからはちょっとくらいの災害なら動じないような強い地域に成長している。

ここの人達ばかりはむしろ終末論など屁とも思っていないのだろう。

客の雰囲気も「絶望を求めて」などいない。ただ「見世物小屋を見たい」というようなのんびりしたものであった。


会場の客電が落ちてSEが流れる。

古いゴシックなエレクトロニカ。

社長の趣味だという。大昔のグループの曲。エニグマとかいったか。

よくこんなご時世にこんな古い音源を手に入れられたものだとむしろ感心する、とオタクがぼそっと呟いていたのをアニメは覚えている。

結構昔の曲らしいが、アニメは全く知らないジャンルだった。

その荘厳な宗教歌にも聞こえる曲をかき消すように客席から盛大な拍手が起きる。

それも他の地域ならステージを呑み込むような鬼気迫る拍手なのだが、何故か仙台は穏やかな拍手だった。

客は最初から笑顔でゆったりとライブを見ている。モッシュやヘドバン、ダイブ等はほぼ見られない。

その穏やかな空気にメタルとオシャレは調子が乗らず、むしろアニメは機嫌が良かった。

何故か物販の手伝いをしていたエースが終演後、客に握手を求められた。


ホテルの窓から見える夜空が赤い。月は大きく膨らんで街を飲み込んでいるように見える。

だけれど今日はそれを余り恐いとは思わない。

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