第17話
大阪公演2日目が終わった後、珍しくオシャレが喉を壊した。
マネージャーが「オシャレさん、今日ちょっと酷いミスが目立ちましたよ。らしくないな」と少し言いにくそうに肩を叩いた途端、オシャレは眩暈を起して倒れた。
背の高いオシャレをやはり大柄なパンクとメタルが慌てて助け起こし、一先ず楽屋まで運んだ。
軽い風邪、というか、数回トイレで吐かせたら少し楽になったようだ。
熱は微熱程度で薬を飲ませたらすぐに引いた。
それでも喉だけがなかなか治る気配がなく、喉飴は勿論薬さえ気休めにしかならない位、声がしわがれたままだった。
こうなると次のライブでは男声コーラスのシフトを少し考え直さなくてはならない。
オシャレはガラガラ声で殊勝に「申し訳ない」と頭を下げる。
そこで手を挙げたのがパンクだった。
「福岡は俺がコーラス頑張る」
メタルが少し驚いた顔でパンクを見ている。
アニメが時間の合間を縫って徹底的にパンクのコーラス特訓を行った。
移動の関係もあり、大阪公演と福岡公演の間は若干時間が空いているのが幸いである。
正直パンクはただのアホだと思っていたけれど、一生懸命アニメの言う通りに練習する。
皆に「パンク凄いじゃん、もっと頑張ろうよ」と言われてパンクは嬉しそうだ。
「兎に角福岡の日は煙草吸い過ぎないようにね。むしろその日だけでも頑張って禁煙するくらいの気持ちで。パンクならきっと出来る、大丈夫だよ」
そのアニメの必死の言葉にパンクは大きく頷き、福岡ライブの朝、エースに煙草とライターを預けた。
ライブが無事終わったら返して、と言うパンクの目は真剣そのもので、エースは驚きながらも大きく頷いた。
福岡ライブ初日が終わった後、パンクはいつになく良い笑顔でステージ袖にハケて来て、やはりライブの内容に満足だったであろうマネージャーとハイタッチをしてTシャツを着替えた。
実際福岡のライブも大阪と同じく2日間の予定だったけれど、季節外れの台風の影響で1日だけになった。
異常気象。恐怖を覚える位の異常気象。
やっぱり世界は壊れてしまうのか。
車内のラジオを切りたくてもなんとなく切れる空気ではない。
持ち込んだCDについては「もう聴き飽きた、変えて」と言えるのに「ニュース聞くと鬱になるからラジオは切れ」とは言えなかった。ここから1度東京に戻って1公演。そして仙台公演を行って数日の休みを置いて最後の東京だ。
本当は大阪公演の初日が終わってすぐ、昔の恋人からメールが届いていた。
オシャレは出来るだけ平静を装って内容を確認する。
期待していたわけではない。
だけれどそれはオシャレを全否定し罵倒するような内容で思い出すだけでも血が逆流する。
あなた程の才能がある人がアンデッド・ブースターのようなイロモノアイドルの手伝いをするなんて許されない、金のためならなんでもするのか、その他諸々。
正直全文読むのも億劫な程の長文。
本当はその大阪公演初日の幕が開いた瞬間から最前列に彼女がいるのはわかっていた。
だけどとても恐い顔をしてオシャレを見ている事に気付いてからは正視出来るはずがない。
目を合わせるなんて、辛くて無理。
付き合っていたからわかるのだ、あの顔はとてつもなく怒っている時の顔。
そう、こちらが土下座しないと許してくれないレベルの。
今日のライブは早く終われ。そう念じている間にギターの弦が切れた。
自分は自分が思っている以上に弱い、それを思い知る。
それに疲れて夜中に酒を飲みすぎた。
その結果睡眠不足も重なって2日目終了後に倒れて喉を潰してしまったのだからプロ失格もいいところだ。
「マネージャーがこないだ買ってきた喉飴、あんなの駄目だよ」と悪態をつきながらアニメがそっと手渡してくれた喉飴は、流石にボーカリストが常備している物だけあって良いもので目が覚める。
しかしそれでも良くなるのはほんの短い時間。
リーダーだというのに大きな声を出せないのは辛い。しかも雨が近いからだろうか、熱が落ち着いても頭痛が収まらないのであった。
自分はこんなにも虚弱だったのか。
最後のツアーでまさかのアクシデントである。
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