第15話
そして春が来た。
春は余り楽しい季節ではない。何故かメンバー全員そこだけは意見が一致している。
アンデッド・ブースター、最後のプチツアーである。
約1カ月弱の間に東名阪と福岡、仙台を回る。地方は各2公演を予定していて、東京は計3回公演がある。
最後の関東公演、スリー最後のライブは東京都内のびっくりする程大きなライブハウスだ。
初日の東京は少し小さなライブハウスではあったが即日ソルドアウト、客もスタッフもメンバーもほぼ全員が酸欠になった。
スリーだけはいつも顔色が悪いのでよくわからないが、pa卓でライブを見て居たマネージャーは「流石に最後の方で高音のピッチが悪くなってたな」と漏らした。それは物販ブースでライブを見ていたクイーンも同意していた。
「私が初めてライブ見た日よりも少し弱々しくなってる気がする」
そろそろスリーの体も酷使に対する限界が近づいてきている。
人がぎゅうぎゅうに詰まってスリーの絶望の歌を求める姿を見てアニメは覚悟した。
このツアーが最後のステージが終わったらゾンビじゃなくて私が死ぬ、それでも構わないくらい頑張ろう。
結局これが自分にとっての最後のチャンスだったのだから。
頑張って頑張って頑張って歌い続けてきた。だけど自分は物凄い倍率のオーディションを突破したにも関わらずスリーというゾンビサイボーグ、しかも仮に生きた人間だとしても年下の小娘オブ小娘に負けたのだ。だからもう、これが終わった時に悔いのないように楽しもう。
この数か月は戦いだった。
それならせめて「勝った」という気持ちで最後の日を迎えたい。
しかしアニメはその決意を誰にも言わない事にした。
また変な事言いやがって、とオシャレに怒られるような気がして。
あいつは厳しいフリをした平和主義者なのだ。誰よりも和を大事にしようとしているのをアニメは見抜いている。だから余計な心配や負担は掛けないようにしたい。
その初日の翌日は午前中に簡単な取材を受けただけで午後はオフとなった。
数日後から始まる全国行脚に向けて、準備をしておくようにというお達しである。
アニメはアパートから少し離れた丘の上の公園で歌った。
夕方と夜の狭間。丁度誰もいない時間だったから気にせずに大好きな曲を歌った。
生ぬるい春の風が頬を撫ぜる。
気持ちが良い。
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