第13話

カウントダウンライブ。

どのメンバーもアマチュア時代に一応1度は経験はしていた。

しかしこんなにも大きなフェスに参加出来るとは思っていなかった。楽屋のすみっこで地味に固まるしかない。

こういう時に異常なまでの社交性を発揮するのはせいぜいパンクとエースとクイーンの3人組で、人気バンドのギタリストと一緒に写真を撮って来たと喜んでいる。


大晦日の夜9時頃がアンデッドブースターの出番で、2つあるステージの小さい方だった。

とは言え今までで最も大きなイベントであり、予想外にオーディエンスの反応は良かった。

正直アイドルである上、この上なくイロモノなのだ。信者が増える一方で嘲笑される事も少なくない。だからこそ今回の大舞台は意外な成功であった。


本来ならセッティングが少し面倒な特殊編成のバンドなのだ。

だから余りイベント出演には向かないのではないかと最初は思っていた。

しかしスタッフの手際は場数をこなせばこなす程レベルが上がり、この日のライブはありとあらゆる側面から最も社長に褒められるレベルの物となった。

出番を終え、片付けも自分達がかなり手伝う。

事務所はそこまで弱小、というわけではない。

しかし面倒なバンドの割にローディーやスタッフの数も他の有名バンドに比べたら大分少ない部類である、という事をこの大きなイベントで改めて思い知らされた。

その癖メンバーもスタッフも変にタフになり、セッティングも撤収も何もかもが驚く程スムーズに転がるのである。

それを改めて確認した。

我々はほんの短い期間で何故か強くなっている。

 

このフェス名物だという屋台村の豚汁をメンバー全員で飲み干す。

具が少ないのは仕方ないが、こんな時に食べるのが蕎麦ではないのが不満だ。

しかし今年は蕎麦の実が尋常でないレベルでの不作だったそうだ。

完全にこれは世の終わりである。


今とても人気のあるロックバンドが、カウントダウンの瞬間の出演となった。


メンバー全員、関係者にも関わらず楽屋やステージ袖ではなく客席で日付が変わる瞬間を見ていた。

物販を早めに撤収したクイーンが加わる。

「CDもTシャツも恐ろしい位に売れた。営業スマイルで顔の筋肉吊りそうになったの初めて」

クイーンは既に瞼が半分閉じている。


どんなに年越しで気持ちが高揚しようとも、考える事はひとつだ。


ああ、年が変わっても私達はゾンビサイボーグのお守り役。


深夜、帰宅する時にマネージャーが「社長から。お年玉」と言ってメンバーに小さな包み紙を渡してきた。

マネージャーは妻子持ちなので、早く自宅に戻りたがった。

忙しい仕事だ。正月位しか家族サービスが出来ないのだという。


何故かアパートに戻ってから全員オシャレとジャズさんの部屋に集まってそれを同時に開封した。


袋から出てきたのは500円玉の入ったポチ袋と個包装された餅が1つであった。


「うちの社長、しょぼいな…」


メタルがそう絞り出すように沈黙を破った時、空は既に白み始めていた。

こんな寒々しい初日の出は初めての経験である。


元旦は近所のスーパーが閉まっていたため、各部屋から余った食材を掻き集めてメンバーとスタッフ2人で鍋を作った。

餅も全てぶち込んだ。

オタクはメガネが曇る。

それを見てオシャレが珍しく屈託なく笑った。

全ての酒を飲み干して寝た。

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