第12話
深夜に帰宅したジャズさんがアパートの外階段をゆっくり上がる音がする。
ドアは薄いので外の音がよく響いて聞こえる安いアパートなのだ。
意外と足音は個性が出る。
だけど今日の足音は少しゆっくりでなんとなく悲しそうな音に聞こえた。
いつもはうるさい野良猫の声も今夜はジャズさんの悲しい足音にかき消される。
アパートでオシャレはジャズさんと同室だった。
夜中に帰宅したジャズさんに水を飲ませる。曲のアレンジの事でスタッフから色々言われていたのでその事でオシャレは遅くまで起きて居たのが幸いした。
もしそうでなければジャズさんは鍵を開ける力もなく部屋の前で野たれ死んでいたのではないかと思う。
普段なら絶対悪い酔い方はしない人だ。それなのに今日は珍しく辛そうだ。
横になりながら何度も何度も「ごめんな」と繰り返すのであった。しかし
その謝罪の言葉が介抱している自分に向かっての言葉ではないような、そんなちぐはぐさをオシャレは感じた。
実際、この寝言はよく聞くのだがやはり誰に対する謝罪なのかはさっぱりわからないのだ。
だけど深くを聞くのは申し訳ないような気がするので一度も指摘した事はない。
一先ず頼まれた曲のアレンジは大体終わり、明日の練習で合わせて社長に聴かせ、okが出ればオタクがパソコンで曲のデータをゾンビの首の機械に上書きする。
ゾンビはそれで曲を覚える。
全ての曲はオシャレのギターを合図に始まる。
ゾンビは耳と機械で曲を判断し、機械からの刺激で意志無く歌わされるのだ。
喉に纏わるツボが首筋にあるとは聞いた事があるが、しかしあの機械はとても不思議な作りだ。
余りに性能が良すぎる。
その割に元が取れる程度に量産出来るというのが更に不思議だ。
ライブの度にノートパソコンを立ち上げセットリストをゾンビに流し込むオタクはとても疲れた顔をしている。
それをリーダーとして申し訳なく思う。
下手に音楽以外の部分でのスキルが高かったが故、オタクにはおかしな負担を掛けているとマネージャーが一度申し訳なさそうにしていた。それをオタク本人に言えばいいのに何故かオシャレにしか言わない。
面倒な大人だ。
かつて別れた恋人のために作った曲。
それを少女ゾンビサイボーグが歌う事は少々不快ではある。
しかしアンデッド・ブースターはそれなりに話題にはなっている。
余りにえぐい存在故に叩かれもするが、その一方で信者も確実に増やしている。
だからこの曲はいつかあの人に届くはずなのだ。
こんな事、恥ずかしくて絶対メンバーには言えないけれど。
オシャレはアニメに説教する時以外は比較的無口だと言われる。ただストイックに音楽に打ち込んでいるように見える、らしい。
それは自分を作っているからだ。
最後の日までに果たしてこの曲はあの人に届くのか。
そんなロマンティックな事、もしメタル辺りにばれたら鼻で笑われるに違いない。だから絶対に表には出さないように気をつけたい。
自分が幸せになれないのは彼女の事が澱のように心の底に沈んでいるからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます