第11話
ジャズさんが昔働いていたジャズバーのオーナーが珍しくアンデッド・ブースターのライブに来た。
それこそ「北国に住んでいた頃」の知り合いらしい。
来なくていい、と何度も言ったのに出入り口でわざわざ出待ちをしているのだから厄介だ、とジャズさんはアニメに小さくぼやいた。アニメは知り合いに会うのは嬉しくないのかな、と少し不思議に感じる。
今はこんな世界が終るのなんのと大騒ぎの時だし、バンドもちょっと忙しい。
だからこそそんな時に知ってる人に会うチャンスがあるのならそんなに嬉しい事はないと言うと、ジャズさんは「アニメちゃんは素直だね」と笑った。
このバンドのオーディションを受けるに辺り色々迷惑を掛けたし不義理をしたから申し訳ないのだ、と言う。
もし良ければ一杯、とそのオーナーを名乗る男性はジャズさんに言った。
見た目だけで言えばきっと、アニメの両親より年上だろう。
メタルやエースが「後片付けなら俺達がやるからいいですよ、スリーの搬出も終わってるし。折角なんですし」と、少し渋るジャズさんを無理矢理送りだした。
彼らは彼らなりに良かれと思ってそう言ったのだろう。
ジャズさんはじゃあお言葉に甘えて、と少し固い微笑みを見せてその場を離れていった。アニメはその背中にいってらっしゃい、と言い、ジャズさんは振り返らず手だけ振った。
帰りの車の中、ジャズさんが昔の知り合いと飲みに行った、という話をエースに聞いて、メタルがぽろりと零した言葉にオタクは驚愕した。
「そう言えばこないだの埼玉のイベントの時に、ビジュアル系手伝ってた時の知り合いがやっぱり来てたんだよ」
オタクの唇から、うぇえええ、と思わずおかしな声が出た。
それは聞いてない。
当時のメタルとの共通の知り合いは沢山いて、会いたくない人もいれば会いたい人もいる。
オタクが震えながら一体誰が来てたのかと問うと、メタルは鼻をほじりながら答えた。
「そういや言い忘れてたわ、あれだよオタクに性病移そうとした女の連れだった黒髪に緑のメッシュのまともな子」
その言葉が余りに予想外だったのだろう、今度はハンドルを握るエースが驚きで奇声を発した。
「ちょ、運転ちゃんとしろよエース!しっかりしろ!」
メタルが切れるとエースは小さい声ですんません、と謝ったが「メタルさんならまだしもオタクさんがビジュアル系でしかも女と揉めたとか信じたくない信じたくない・・・」とうわごとのように呟きながら車は左折した。
「いや、未遂でしたから、何もなかったですから」
慌てて早口で弁明すると、今度は「そうですよね、そうですよね・・・」と繰り返すエースは壊れたおもちゃのようである。
「詳しい言い訳は後でするんで、今はちゃんと運転してくださいエースさん」
メタルめ、こんな車の中で爆弾を落とすなど。
しかしあの駄目女の連れの子なら覚えている。
駄目女を諭し、何度も抑え込もうとしていたが駄目女は言う事を聞かず結局あの2人は仲違いして離れてしまったのだった。大人しそうだが顔は悪くなかったオタクを簡単にヤれると思い込んだ駄目女、あいつには気をつけろと言ってくれたのがその連れの女の子だったのだ。
結局駄目女の方はオタクの悪い噂を垂れ流しまくって消えた。
オタクもその噂を信じた心無い人間とのもめ事に疲れてバンド活動からしばらく距離を置いたのだった。
「駄目女は行方知れずらしいけど、黒髪ちゃんは結婚したってよ」メタルのその言葉に少し安心した。
子供が1歳になるけど旦那と姑さんに預けてライブに来たそうだ。
そんな事情故にライブ後に偶然外の喫煙所にいたメタルにだけ話し掛けてすぐに帰ってしまったそうだ。オタクの事も随分心配していたようだ。
「オタク君、ノーメイクでもかっこよかったよ。あとは猫背直せばまた昔みたいにモテるだろうね」と彼女は笑っていたそうだ。
こんなご時世でも屈託なく笑う人は美しいのだろう。
皆、少し会わない間に遠くに行っている。
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