第10話

メタルとオタクは深夜、共にジョギングをする事があった。

引きこもりをしている間、少し太った上に体力も落ちて居た。

そんなオタクが人前に出られる体になれるようにとメタルが提案し、オタクはジョギングを始めた。

バンド活動が本格化し寮で同室になった事を機にメタルも付き合ってくれるようになった。

2人はしばらく無言で夜の街を走り、コンビニで飲み物を買ってまた寮に戻る。

時間にして1時間もない、とても簡単な運動。

だけどオタクに取ってはとても意味がある時間だった。

深夜の住宅街はそれこそ死んだ街かと見紛う程にとても静かだ。ライブで照明を浴びる時とは全く逆の世界。静寂が嫌な事全てリセットしてくれる、そんな気がするからこの時間が好きだ。


コンビニの前でメタルがペットボトルを飲み干す。

「なあオタク」

「何」

「世界滅亡、お前本気で信じてる?」


答えはノー。オタクはきっぱり言い切る。


だけれど何故か世界は閉塞している。行き場がない。

それだけはどうしようもないじじつ。

そういう旨の話を何度もどもりながら続けると、メタルは満足げに頷いた。

「俺もだよ、だけどなんか皆にはうまく言えないよな」


この世の人々は沢山絶望している。

だから捌け口としてアンデッド・ブースターのような後ろ暗い世界が求められる。そこにあるのは共感だ。


ライブで沢山の人々がゾンビの絶望的な歌声を聴き、満たされた顔で帰宅していく。

それを見てしまうと「世界はそんな簡単に滅亡なんてしません」と、根拠なく言い切れない。

だけど何故皆そんな「不幸になりたい」のか、よくわからない事もある。

悲しい物に惹かれる気持ちはわかるけれど、しかし皆そんなに不幸になりたいのだろうか。だけどそれを否定したらむしろそういう人達は生きる気力を無くしてしまうのではないか。


メタルはそう言った。オタクもなんとなく、メタルの言いたい事はわかった。


「俺はやっぱりバンドやるのは楽しい、それで金が貰えるし生きていける。プロだからちゃんとやる。まあ事務所から口出しはされるけどオシャレは良い曲作ると思うし才能もあるだろ。これは決してつまらないプロジェクトじゃない。だけどたまにアニメが不貞腐れる気持ちもわかるんだよな」


終末論に心酔しているわけではないが、もし世界が滅亡するならこれが夢をかなえる最後のチャンス。

良いこともあれば辛い事もある。

その兼ね合いの中で、別に不満はないのに不安になる事がある。

つまり「気持ちの行き場がない」のだ。

多分我々は達観するにはまだちょっとだけ人生の経験値が低い。


なんかいい年こいて自分も子供みたいでどうしていいかわかんなくて困っちゃうよな、とはにかんで、メタルはペットボトルをゴミ箱に捨てた。


オタクはだからこうやって「何も考えない時間」を必要としている。

メタルが何も言わずにジョギングに付き合ってくれるのもきっとそう言う事なのだろう。

考える事は悪い事ではない、しかしそれにがんじがらめになっても仕方がない。

2人は大きく深呼吸をして、再び走り出した。

今ではオタクの方が少しだけ走るのが早い。真冬の空気がオタクの真っ白な肌を突き刺した。3歩後ろでメタルの息が上がっているのがわかり、オタクはスピードをほんのりと緩めた。

「そろそろ煙草止めれば?これからもっとハードスケジュールになるし体大事にしなよ。パンクとかジャズさんもスモーカーだけど、メタルが一番ヘビースモーカーだよな」なんとなくオタクがそう助言すると、メタルは鼻で笑う。

「ていうか俺は死ぬまで好きなように生きたいからいいの、一応嫌煙家には気を使ってるつもりだからいいじゃん」

いつもメタルの言う事は適当な割にオタクの心をなんとなく納得させる。

これが友達と言う奴なのだろうか。青臭いがそれはとても不思議な物で、そして大切だ。

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