第8話
突然アンデッドブースターのスタッフとして召喚されたエースは戸惑った。
昔、パンクのバンドのスタッフとして物販を手伝った時期はある。
ローディーらしきことも少しやらされていた。
バンドの雑用全般の知識はあるので仕事内容については大して苦痛ではない。
しかし、流石に今回の事は寝耳に水。
短い活動期間だった全員天狗のお面というお遊びパンクバンドが解散してからは、時々吐くまで飲みに行く程度の仲だった。余りバンド活動の具体的な話はしなくなっていた。
それが突然「スタッフやってほしい、事務所がバイトとして雇ってくれるって言ってるから。もし今仕事がなければね。期間限定だけど急ぎなんだ、どうかな?」という電話があった。
確かに時期が時期だけに今、ろくな仕事がない。少し前に派遣バイトでなんとか食い繋いでいるという愚痴をパンクにこぼしたことがあったのをふと思い出す。
いつも目の前はあやふやだ。
しかし例え世界が滅亡しようとなんだろうと、その日まで何もせずに過ごすわけにはいかない。
アパートの更新が近づいている。
微々たる貯金も底を尽きかけていて、腹をくくって田舎に帰り、祖父の農園を手伝いながら美味しいリンゴを食べ、世界の終わりまでゆっくり余生を過ごそうと思っていた矢先だった。
そこに降って湧いたパンクからの召喚である。
久しぶりの「バンドのお手伝い」だ。
何かと大変な事情のあるバンドで人手が必要らしく、当時仲の良かった別のバンドのスタッフをやっていたクイーンというあだ名の女性も召喚されていた。顔見知りだがえらく気の強い女だったのを覚えている。そのあだ名通りの女だ。
ちなみにエースはハイエースをいつも運転していたからあだ名がエースだ。
エースとクイーンはスタッフ同士ということで何かと一緒に行動することが多い。
主にエースがローディーとして機材の管理をして、クイーンは大体物販に立った。
事務所のスタッフの状況によってはエースも物販に駆り出される事があった。
エースとクイーンは当然車の運転もさせられた。
他にも事務所のスタッフが数名、スリーのために動くのであった。それはライブの規模に寄って変動がある。
ライブが多く、面倒も多い大所帯。
大変だが、食うに困る事はないし退屈する事もない。
だけどエースをここに引っ張った肝心のパンクは時折ふと上の空になり、心配して声を掛けても腑抜けた笑顔で大丈夫だよ、と答えるばかりだった。
クイーンはエースの横でそれを見て「ていうかあいつ時々だけど絶対おかしい」と小さな声で吐き捨てる。
それでもパンクはぼんやりと煙草をふかすばかり。
短い金髪をいじりながら。
目の周りだけ真黒くしているパンク、そのアイシャドウはライブを重ねるごとに派手になっていった。
フルメイクのアニメより目立つのではないかと思う事がしばしばあった。でもマネージャーがゴーサインを出せば誰も理由を聞けなくなる。
パンクは酩酊しているように見えた。
酒を一滴も飲まなくとも、ふらふらしているように見えた。
断じておかしな薬はやっていない、それは保証出来たのだけれど。
でもだからこそ見ていて不安であった。
しかしその不安さがパンクのギターを面白く歪ませ、そしてゾンビの隣に立っても違和感のない闇を感じさせ、正直ライブ中はとてもかっこよく見えてしまうのが辛かった。
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