第7話

楽器屋からライブハウスに戻る大通りは年の瀬でにぎわっている。

クリスマスが近いからかとても華やかだ。この時期だけは皆節電という単語を忘れるのが伝統だ。

パンクはオシャレの一歩後ろを無言で歩いている。

なんとなく緊張するのだ。

オシャレはバックバンドの中でリーダーのような立ち位置にいて、なんとなく恐い。パンクはギタリスト同士という事でオシャレとの接点は多いのだが、なんとなく頭が上がらないのだ。

ざっくりとした大きなマフラーに顔を埋めながらパンクはオシャレの後ろ姿を見て居た。

2人とも身長180近く、そしていかにもバンドをやっていますという服装で人ごみの中ちょっとだけ目立つのは否めない。

特にオシャレは綺麗な顔をしていた。

色白で切れ長の目、特に横顔はどこかのファッション雑誌のグラビアのようだ。

実際ルックスだけでなくオシャレのギターはパンクより遥かに上手かったし、作曲は勿論アレンジの才能もあった。そこは事務所の人間のお墨付き。何せ事務所が曲作りや昔の曲のアレンジの大半をオシャレに任せた程なのだから。

時々頭でっかちのメタルとぶつかる事もあったが、オシャレは全てに於いてソツが無い。クールな顔をしてなんでもサラッとやってのけた。人が嫌がる事さえ嫌みなくやる男前だ。

女に受ける甘い顔を伊達メガネで隠している。

今パンクが見つめている後ろ姿すら、正直な話ゾンビやサイボーグ、宇宙人や世界の終わりよりも非現実的なのだ。

絵に描いたような、完璧なイケメンバンドマン。

こんな奴が現実に存在して、しかも今までアマチュアで燻っていたというのが信じられない。


それに引き換え、パンクは何故自分がこの3代目アンデッド・ブースターのメンバーとして選ばれたのか未だにわからないでいる。


プロジェクトが動き出してそれなりの練習期間を経てもうライブも3回目だというのに、未だにわからないのだ。

オーディションにはパンクより上手いギタリストが何人もいて、完全に自分は負けたと思った。

それでも選ばれたのが自分であるということ。何故なのか。

オシャレの全てのセンスには常に驚愕したし、メタルも最初はめんどくさそうな奴だなと思ったけれどやはり安定して上手い。

ジャズさんだって最初は掴みどころのないふわふわした人だなと思ったけれど、時に荒ぶるメタルのベースを上手く飼い慣らしながらリズムを刻んでいる。

その余裕の笑顔はパンクには無い物だ。

そしてパンクは最初、実は何よりもアニメとオタクを小馬鹿にしていた。

いわゆるそういうジャンルの人間に対して苦手意識があったのだが、初めてのスタジオの日。アニメとオタクが誰よりも早くスタジオに入り、オタクのピアノでアニメが発声練習をしているのを見て絶句した。

アニメの透明な声とオタクの指先から流れるように紡がれる音。

最終オーディションを突破しただけの事はあった、とても美しい発声練習。まるで映画のワンシーンみたいだった。


だからパンクは実質リーダーであるオシャレが自分を気にかけてくれる度になんとなく疎外感を感じてしまう。

音楽は好きだ。

だけど明らかに自分はこのバンドの足を引っ張っているのではないかという不安。

どうやら一時期メタルとオタクはビジュアル系をやっていたらしい。

それもやはりパンクが以前なら少し馬鹿にしていたジャンルだけれど、しかし今となってはそんなふたりを軽々しく馬鹿に出来るわけがない。

ギターが下手な自分こそ見た目のバランスのためだけに選ばれたのではないかと思うから。

自分はギターを持って立っていればいいのではないか。あとはオタクがパソコンで音を作ってくれればいい。自分は弾いているフリをしていればいい。そう思う事が稀にある。

バンドの実質的活動期間である半年が終わる頃、そして本当に世界の終わりが訪れた時に自分の中にあるこの心の澱みは解決できるのだろうか。

気分が晴れないまま死ぬのは嫌だ。


バックバンドメンバーの衣装はスリーのそれに比べると大分簡素で、全員同じバンドTシャツに男性陣はデニム、アニメだけは黒いミニのチュールスカートを許された。

後はTシャツの上にジャケットやカーディガンを羽織ろうと、下に長袖のカットソーを着ようと特に駄目出しはされない。

メタルとジャズさんの腕のタトゥに社長とマネージャーは何故か感銘を受けたようで、その二人に対しては極力腕を隠さないようにと指示を出していた。

パンクは胸にだけ小さなタトゥを入れて居たが多分社長は把握していない。


マネージャーは一応それなりに気を使ってはくれる。それでもやはり主な仕事は「少女ゾンビサイボーグ、スリーの管理」であり「バックバンドの管理」は後回しになりがちだ。

如何せんライブの回数は多いし、そのライブの規模が大きい事もある。

事務所は他にもアーティストやプロジェクトを抱えている以上、常にスタッフ不足だった。

そこでパンクが突如マネージャーに「俺の昔の知り合いをバイトで雇って下さいよ、流石にこのスケジュールだとローディーが必要です」と提案した。

マネージャーは少し考え込んだ後、社長と人事に電話をする。

「オーケー、もしバンド付きのスタッフを雇うなら2人迄大丈夫。ただしあくまで正規ではなく短期のバイトだからな」

パンクは頷くと即座に誰かに電話を掛け始める。

フットワーク。この軽さがパンクの個性なのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る