第6話

オタクはそのあだ名の通り長い間ほぼ引きこもりに近い生活をしていた。

今は丁度24才。パソコン1台あれば出来る仕事をずっとしていて、その傍らで宅録を趣味とし、動画サイトで時折曲を発表する程度、そんな日々。

昔から友人も少なかったので外出は元々控え目だった。

高校を卒業した頃は友人のバンドを手伝ったりしていたのだが女関係で面倒な目にあってそう長くは活動せずに辞めた。

正直ビジュアル系はあれで懲りた。


その時ライブハウスで知り合ったメタルから久々に連絡があったのは今年の初め頃だったろうか。

久々に長時間外に出て、メタルが金が無いと言いながら良い酒を飲ませてくれて、そこで色々説得され、言われるがままオーディションに一緒に応募したらあっさり一緒に選ばれてしまったのだ。

まるで出来レースのように。

気づいたら一緒に社長の前に並ばせられていた。

そしてこのバンドの真実が告げられた日の帰り道、コンビニの前でメタルに土下座して謝られた。

やめてくれと言ってもメタルは頭を上げない。

ロングのドレッド風ヘアをポニーテールにしている身長180以上の男が、見るからに細くてへたれなメガネ青年に膝まづいている図は明らかに異様なのだから本当に勘弁してほしい、そうまろやかに言ってもメタルはオタクの顔を見てくれない。


俺はただ、お前のピアノのセンスをこのままネットの海に埋もれさせるのが惜しいと思って誘っただけなのに、まさかこんなオチだとは思っていなかった。


そう言いながらメタルは本当にアスファルトに額がつきそうな勢いで土下座して来て、次第にオタクはこちらが申し訳ないような気持ちになった。


「いいよ、折角だし世界が滅亡する前に半年限定でバンドやるのも悪くないから。ちょっと楽しそうだし、メタルがやりたいなら俺もやるよ」


思わずそう口にしていた。

楽しいというのは少し違和感のある表現であったが、暇潰しで生活が保障されるなら構わない。

引きこもりがちで人との繋がりが希薄になっていたオタクを、この長い髪の男はずっと覚えて居てくれたのだ。

その優しさにだけは応えてみよう。

昔タイバン相手と流血沙汰の喧嘩をしていたのを知っているからメタルはちょっと恐い。しかし今の土下座のように、情に熱い面はある。何かにつけて大袈裟な奴だとは思うけど。

深夜のコンビニの駐車場、軽薄な光が漏れる中でオタクは珍しく「少しだけの期間、友達のために外に出よう」と思ったのだった。

仕事はどうせ受注も減り始めて来て居たし、長く仕事を振ってくれていた大口のクライアントにしばらく休むので他の同業者を紹介しますと連絡すれば済む話だ。電話とメールで9割は片がつく。

あの日は多分満月で、今日も多分満月だ。


実際バンドは順風満帆というわけではない。常に事務所の言いなりなので必ずしも楽しいとは言えない。だけれどメタルと久しぶりにバンドをやるのは嬉しかった。

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