第5話

12月の初め、横浜で3度目のライブの日。

オタクは楽屋で悩んでいた。

兎に角アニメの我が儘が過ぎるからだ。

大人であるジャズさんが窘めれば気が収まる事も多かったが、それでも気持ちが収まらない時は大概似たもの同士であるオタクに八当たりをしてくるのである。

楽屋で一番座り心地の良いソファ状の椅子を占拠し不貞寝するアニメを見ながらオタクはため息をついた。

メタルとジャズさんはラーメンを食べに行き、パンクとオシャレはギターの弦を買いに行ってしまった。スタッフも今はほぼ出払っている。

スリーは裏口の駐車場に停められた軽トラの荷台、特殊な箱に納められ事務所スタッフにより厳重に管理されている。

本来は少し乱暴に扱っても問題はないゾンビサイボーグのはずだ。

初期投資さえすれば後は少々乱雑にこき使っても問題ないからこそ普及したゾンビサイボーグのはずだ。それなのにスリーは不思議と深窓の令嬢のように大切にされている。


リハはほぼバンドだけで済ませるのがいつものこと。

スリーが当日リハに参加するのはほんの1~2曲だけ、せいぜい立ち位置とその日の声帯の調子の確認程度。

その後は開場時間近くまでスリーは静かに寝ている。冷え切った箱に詰められて。

曰く負担を極力掛けたくないのだそうだ。


最も葛藤しているのがアニメである。

それをオタクはオタクなりにわかっている。

自分が真ん中に立てると思ってオーディションに参加したのに、いざそれを突破してみたらバンパイアなのかゾンビなのか判然としないサイボーグ、スリーの後ろでコーラスという役に立たされたのだから。他のメンバーはある意味「オーディション通りに自分の役割そのまま」なのだからまだ割り切ろうと思えば割り切れる。

昔初めてバンドを組む時、ギターをやりたかったのにじゃんけんで負けてベースにされたというメタルよりもアニメの方が遥かに不幸だと、オタクはそう思っている。

しかしメタルを下手に怒らせると恐いのでこの事を誰にも言った事はない。

オーディション前からの長い付き合いだがじゃんけんの話を蒸し返される事をメタルは未だに嫌がる。

確かアニメは19歳だと言った。メンバーの中では1番若い。

月並みに言えば成人寸前、大人の一歩手前の少女だ。現実を受け入れるには相当な自我との葛藤があるに違いない。

今、彼女はmp3プレイヤーで音楽を聴きながらボロボロのソファに寝転んでいる。寝顔は見せないようにこちらに背中を向けて居る。メイクや髪型が崩れる事など気にしていないのだ。若くて可愛い女の子が。

つまり今、アニメはふて寝である。

ライブ前に下手に寝たら声に影響があるのではないかと思うが、アニメは「出来るから」と言い放つ。


アニメの恐ろしい所は調整力だ。

「ボーカル以外全パート募集」というメンバー募集をするようなその辺の自称ボーカリストとは流石に一線を画している。若いながら、歌の仕組みはきちんと理解し喉には非常に気を使っている。

それはよくわかっているからこそ、アニメの立場にはちょっと同情する。

しかしオタクは如何せん女性の我が儘には慣れていないのだ。


兎に角このプロジェクトはライブを重視する。

少女ゾンビサイボーグを限界まで酷使するクラブサーキットが活動のメイン。

テレビ出演など深夜番組やケーブルテレビに何度か出れれば良い方、あとはネットを頼りに情報と人気をコントロールしていく。

アイドルに大事なのは距離感、良くも悪くも。

地下アイドルは近さが売りなのだ、と社長は口を酸っぱくして繰り返す。

実際客入りは毎回悪くなかった。

小さいライブハウスから大きいライブハウスまでをくまなく回り、ワンマンもイベントもこなし、大きなライブの時はネットや映画館での中継システムを使う。これは他のアイドルやバンドも使っている手法で、時には劇団がこのシステムを利用する事もある。

このテレビの採算を度外視し、ネットや映画館を利用した生中継はテレビが飽きられ始めた大体2010年前後からよく取られるようになったと言う事だ。

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