第4話

かつてカストラートという去勢された歌手がいたという。

アニメは歌が大好きだから音楽をよく勉強している。

大人になっても子供のような高い声を維持したままの不幸な不具者として歴史の中に閉じ込められたカストラート。

少女ゾンビサイボーグはそれと似ている。だから少し切ない。


しかし所詮元はゾンビ、使える期間は限られている。

例え薬と機械の力があったとしても維持出来るのはせいぜい長くて半年。

だからその期間だけ、声帯を限界まで使わせる。元を取るのだ徹底的に。死ねお国のために。意志などないのになんと可哀想なゾンビ。

彼女は発情期の猫のような声で、無表情に、真っ白な肌で、歌う。

その最後の一瞬の輝き。

点滅する白熱灯のような儚い美しさ。

それが世界の終わり現象に絶望する人々の心を打ったようだ。


半年毎に少女ゾンビサイボーグは代替わりし、アンデッド・ブースターというプロジェクトは淡々と進行した。

ただの使い捨てなのに、その儚さを慈しむ人々が多かったと言う事だ。

そして3代目の少女ゾンビサイボーグを準備する段階になった時、事務所はドメスティックな前時代的な要素を欲しがった。

そろそろ飽きられる事を見越して、新しい要素を加えようとした。

ゴシックでロマンティックでアナログ。

それが欲しくて「バックバンド」というお飾りを集めたのである。

これでロック層にも媚びようという魂胆であった。

少女ゾンビサイボーグはレトロな古いロングドレスを着せられ、古い歌謡曲のような歌を歌わされる。

大半の曲は今まで初代と2代目が歌っていた曲のアレンジだが、新曲もバックバンド主導で何曲か作られた。それを首の機械を使って徹底的にゾンビに叩きこむ。

その仕組みは文系のアニメにはやはり未だによくわからないのだが。


やたらとレベルの高いバンドをバックに歌うゾンビサイボーグ少女。


ドレスからはみ出す右足は義足である事が遠目からも良くわかり、それがまたある種の病んだ人間の心を容赦なく奪う。


それがアンデッド・ブースター3代目。


メンバーやスタッフ、ファンの間では「スリー」というあだ名がつけられている。


スリー最初のお披露目ライブはとても小さなライブハウス。

客席の半分は関係者だった。

しかしアニメはその時ステージから見えた風景を忘れない。

あの悔しさは言葉に出来ない。

真ん中に立つのは私ではないのだ。

少女ゾンビサイボーグ、スリーに配慮して少し薄暗い照明のステージ。

真っ暗闇に等しい後ろの方でマイクを持って、バックコーラスをするだけの自分。

スリーの首の後ろの機械を見つめながら声を出す自分。

そのライブが終わった後、アニメはトイレを占拠して号泣した。

ドアの外でマネージャーが困り果てているのがわかったけれど、気が収まらなかった。我ながらガキだと思う。だけれどあの時の事、あの最初のライブの日の事をきっと自分は死ぬまで忘れないだろう。むしろ死んでもあの時の怨念だけは残るかもしれない。

曲だけは、全てどれを取っても名曲ばかりだった。古い物も新しい物も。

だからこそ悔しいのである。

そしてこの怒りを忘れたらきっと自分は自分ではなくなると思う。

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