第3話
アニメが生まれる前から何度も流行っては裏切られてきた終末論。
しかし今回の「世界の終わり」は少しだけ本物の予感がしていた。
何も変わらず平常運転で生活している人も多い傍らで、今度こそは本当であると怯える人も多い。
楽観派と絶望派の狭間で世界は常に拮抗している。
すれすれのところで嘗てと同じような暮らしは維持出来ているが、停電の回数も増えた。
物価は「やや高」で横ばいだ。
ここ半年ばかりはずっとそれが続いている。
まだ日本にはそれ程大きな影響は無かったが、温暖化だなんだという理由で南半球から始まった流行り病が世界を席巻し始めている。
それだけならまだしも、地球から望遠鏡で確認できる位置で宇宙人の船がこちら側を監視している。
にわかには信じられない事だったがそれは嘘ではなく、NASA調べで事実であると公言されているのだ。
流行り病の影響で一時期日本海側の一部の地域だけで何故かゾンビが大量発生した。
元々全世界で似たような症例があったのだが、日本では極一部の地域だけでの発生である。
それは世界滅亡説が流行り始めた頃、ほんの数年前の話だったのだが、報道規制が早い段階で敷かれたためにそれ程大きな話題にはならなかった。
ネットでは嘘も含めて大分騒ぎになっていたが、テレビと新聞は一切口を閉ざしたためネット環境にない老人や貧民層の一部ではこの事件をまともに知らない者もいる。
実際日本政府が珍しく早い的確な仕事をして表向きは鎮静したとされたのだが、そうそう何もかもが国民の思い通りに上手く行くはずがない。
綺麗事には裏がある。
そのゾンビ達は駆逐されたかと思いきや大半は確保され、海外の軍事系の会社xの協力で安い使い捨て兵士として体の一部が機械化されたのである。
実験も兼ねたビジネスだ。
その機械化されたゾンビの中で美しい少女ゾンビだけが数体丁重に保存された。
どういう経緯かわからないがその業務の一部を委託されたのが今の我々の事務所である。
バックはヤクザか政府のお偉いさんかわからないが、確実に何か恐ろしい権力だ。
しかしそこに触れてはいけない。触れたら舌を抜かれるからである。
この少女ゾンビは半分サイボーグにも関わらずやたらデリケートで、陽が沈まないと動けない。
大体夕方位にならないと起こしてはいけない。
単純に言えば「太陽の光の下」に出してはいけない。
室内ならまあ構わない。
バンパイアではないので本来なら光に弱いということはないはずなのだが、何故か太陽に当て過ぎると劣化が早まるという噂があり事務所はかなり神経質になっているようだ。
普通の人間だって太陽を浴び過ぎれば熱射病になったり皮膚を痛めたりするのは同じだというのに。
少女ゾンビは毎日事務所の用意した真っ暗な地下室でソファに座って眠り続けている。
謎の点滴を打たれながら、じっとしているのだ。
ゾンビ病も色々変遷があり、今このゾンビサイボーグ達が罹患しているのはとても腐敗の進行が遅いタイプのウイルスのようだ。それを更に機械で制御してコントロールしている。
機械が動かしている内はそれ程狂暴にもならず、滅多な事では人を襲わない。それはそれでペットに似ている。
一日の維持費、つまり点滴代は人間の食費より遥かに安い、それどころかドッグフードと大差ないらしいというもっぱらの噂だ。
日本で最初のゾンビ騒ぎが起きてから半年後、国民の大半はあるワクチンを強制的に接種させられた。これでゾンビウイルスの感染を最小限に抑えられるそうだが、真偽は定かではない。
少女ゾンビサイボーグは夢うつつの中、合図を待つ。
「立て」「歩け」「歌え」という合図を。
首の後ろに取りつけられた機械、そのプログラム通りに歌う。その機械がメインとしてゾンビサイボーグの動きを全て制御している。
その力で死にかけた声帯が、張り裂ける程に動く。
とりあえず社長が件の軍事系会社xの下請けである謎の機械メーカーと癒着している事だけは事務所内の公然の秘密で、誰もそこには触れない。
嘗て遠い国でやはりゾンビ病で女性が亡くなった時、そのxの社長が完全に自分の道楽のために「歌を歌わせる」機械を作り試したのだという。
いわゆる手術を最小限に留めて美しい声を維持させる装置。
はじまりはそれ。
工場で大量生産される機械を首に埋め込んでいく。
とても手間が掛る作業のようだが、我々が思っている以上に世界は進化しているようだ。
そのゾンビをサイボーグにするための機械は幾つかのバリエーションがあり、ゾンビは兵士にされたり、軍の慰問用の歌手にされたり、お掃除をしたりする。
兎に角テクノロジーの力を借りてひたすら死体を安くこき使う、という算段なわけだ。
機械や維持のための点滴等の投資もあるが、家賃食費は安く済む。
死人には書類の上では既に人権などないのだから、数十体のゾンビサイボーグを狭い部屋で雑魚寝させようとトラックに詰め込んで移送しようとなんだろうと文句はつけようがないのだ。
何より一度死んでいる以上ゾンビに纏わる権利は全て所有者の物になるというところがうま味なのだろう。
果たして法律とはなんなのか。
そしてこんなアイドルが持て囃されるとか、この世は意外と悪趣味だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます