第2話
てっきり自分がメインボーカルだと思っていたアニメは「バックコーラスと作詞補佐」という役割にされた。
騙された。気持ちが良い位に騙された。
しかしもうこのチャンスを逃したら、死ぬまでステージに立つ事は出来ない可能性がある。だからメンバー全員渋々ながら事務所の汚いやり方に屈した。
悔やまれるが背に腹は代えられない、一瞬でもいいから「音楽で飯を食う」これを実現したかったのだ。
その認識に少々の個人差はあったが、ざっくりとした総意はそれに尽きるとしか言いようがない。
誰も辞退はしない、例えいつしか自分の目の黒い内に世界が終わるとしてもとりあえず腹は減る。
金は稼がねばならぬ。悔しいながら生き抜くには金が必要だし、死ぬ時だって金は必要なのだ。死んだ後はわからない。
しかしこれは事務所付きのバンドだというのに、チラシ配りは自分達でやらなくてはならないのだ。
これはどこからどう見ても完全に経費削減で、アニメは地団太が止まらない。
結局社長が私腹を肥やして立派なシェルターを作った、その資金を回収したいだけではないのか。
そのために話題性のある企画としてアンデッド・ブースターを作った。
社長は策士だ。策士だから社長になるのかもしれない。
アニメは今までアマチュアでやってきたが、こういう小さい営業といった面倒事が余りに億劫だった。頑張って頑張って頑張って個人で営業しても、なかなかそれがうまく実を結ばないのだから。
結局うまく行く人は一握り。
その苦痛は事務所に入りプロの手に委ねれば少し軽減出来ると思ってオーディションを受けたのに。
それはアニメだけではない、メンバー全員が唇を噛む。
これでは結局自力で全部やっていた時と大して変わらないではないか。
ライブのブッキングや運営はマネージャーやスタッフがやってくれるが雑用は何かとメンバー任せだ。
挙句の果てに結局チラシ配りは見た目がいいからということでアニメ、愛想が良く口がうまいからという理由でジャズさんが主に選ばれる事となったのだ。
チラシのデザインはオシャレとパンクが作った。
それを綺麗に印刷したのはオタクの力であり、メタルがそのチラシの束をバイクで運びに来た。そしてうっかり事務所で呑気にお茶を飲みながら遊び程度の練習をしていたアニメとジャズさんに、メタルは先の理由を早口で述べた上でチラシの束を押し付けて去って行った。これから個人練をするので、と最もらしい事を言いながら。その割に手ぶらだったけれど、一体どういうことなのだろう。
寒い。
真冬の風が吹きすさぶ。まだ11月の半ばだというのに尋常じゃなく寒い。木枯らしが吹いたらそこから先は真冬へまっさかさま。
アニメはお気に入りであるピンク色のAラインコートの中、体をしぼませる。しかし寒さになんか負けていられない。手当たり次第チラシを配った。気合いを入れたツインテールがつららになって凍りつきそうだ。
ジャズさんは暖かそうなふかふかのダウンジャケットを着ていたが吐く息は真っ白だ。
「俺は寒い国出身だからこれくらいは平気なんだけどね」と言っていても、やっぱり吐く息は真っ白なのである。それだけは流石に嘘がつけない。
バンドの中では唯一の三十路越えではあるが、小柄なジャズさんはアニメが厚底の編み上げブーツを履くと身長がそんなに変わらない。
だけどいつも、アニメに安心感を与えてくれる不思議な人だ。
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