第15話 動き出す蝙蝠達


「改めまして私は九条 亜澄といいます。それでこちらが御白 友晴です」

九条先輩が俺の紹介も済ませたところで、召使であろう男がお茶を出してくれた。

男がそのままおっさんの後方に控えると、おっさんは「下がれ」と言った。

召使は「はっ」と一言だけ言って部屋を出て言った。


そしておっさんが名乗った。

「俺は北斎ほくさい 源次郎げんじろうだ。北斎は我が家が讃える神の名を借りている。ま、わかると思うが深くは言わぬ。それでだ、御白と言ったらあの英雄と同じ名前だが、関係はあるのか?」

男は俺にそう言ってきた。

御白といえば一般的に有名なのは、俺の父、御白 影彦だからな。


「どうしてですか?関係はないと思うのですが」

と俺は返すと、源次郎さんは頭を傾げて、こう言った。

「そうか。オーラというか、雰囲気が似ていたんだがな。残念だ」


「英雄を見たことがあるのですか?」

俺は雰囲気とか言っていたので、気になったから聞いてみた。


「俺はな、魔法連の一般犯罪系の担当の仕事してるんだ。その関係でな、影彦さんとはたまにだが、会話したりもした」

なるほど。魔法連の一般犯罪担当なら、俺のことを知らないはずだ。

俺は魔法連の異世界系の担当だから、関わりはないからな。


そしてそれを公開する必要はない。


「では今回私達が伺いした理由を説明します」

そう言って九条先輩が資料を机に並べて、あらかたの説明をした。

源次郎さんはそれを聞き終えると、なるほどな。と呟き、とある部屋へ案内された。


部屋の戸を開けると布団が引かれており、そこに一人の男が寝ていた。鷹虎だ。


「コイツがこうなってから数日が経過した。日々お前さん達の話が正しければ、主人から眷属への命令がない現状、待機状態のようなものになっているんだろうな」

「俺もそう思います。牙の跡はありますか?」

俺がそう尋ねると源次郎さんは、鷹虎の体を起こして首筋を指差した。

そこにはくっきりと二つの跡が残っていた。


「犯人は吸血鬼で見てよさそうですね。これで候補は絞られそうです」

「人格まで変えてしまう程の強制力はあるのだから、気をつけなさい」

「人格を変えるですか?」

「ああ、鷹虎は高校の学校説明会の後から、性格が激変した。チャラチャラとしだして、身なりも整えなくなり、言葉使いも汚くなった。最初は高校デビューというやつか?と思っていたが次第にそれが違うとわかったのだ。入学初日から問題を起こすような子ではなかった。全くしてやられたわけだ」


「魔法連の方で動きはありますか?」

俺は昨日調査を依頼した、緑が中々に苦労したと聞いたので、少し気になった。

この人が魔法連の関係者であるなら、息子がやられたなら必至になって調査に出そうなものだが。

「水面下ではな。堂々とは調査できないんだ。対象が魔法学園。それも天下のイープレスときた。魔法連の上役達も現在会議中だ。だがな、昨夜とある団体が動きだした。そっちに期待するしかないな」

とある団体......。翠さんの事だろう。あの人がカラーズ絡みで動いたと思われているのだろうな。そりゃそうだ。

だが実際は俺の個人的な依頼なのだが。


「全くどこでその情報を拾ってきたか知らんが、こっちの持つ情報を全て開示してやったさ。俺達の部署じゃ、どうにも動きそうにないんでな」

「なるほど。その団体というのが動いた場合は、俺達は必要なさそうですね」

「いんや。お前さんらは学生なんだ、その団体よりも優位に調査できるさ。俺の持つ情報は全て教えてやる。頼んだぞ」

そう言って源次郎さんは、持っている全ての情報を提供してくれた。


俺の知っている範囲の情報だな。

流石は緑というべきだろう。

あの人が本気で動いたという事なのだろうな。

九条先輩も同じ意見だったのだろう。

その情報を聞き終えると、俺の方をチラチラと見ていた。


「このくらいの情報しかないんだが、不満そうだな」

源次郎さんにそう言われた。

「いえ、ご協力ありがとうございます」

九条先輩がそう返して立ち上がった時だった。

九条先輩めがけて何かが激しい炎の球が撃ち込まれた。


殺気に瞬時に反応した源次郎さんが、立ち上がり狙われる九条先輩の手を引っ張る。


九条先輩は急に手を引かれたため、その場で転けた。


そのため炎の球の進む先にいるのは源次郎さんとなった。


「発射!」

俺の放った炎弾が炎の球を道筋をズラしてギリギリのところで源次郎さんには当たらなかったが、その先はもちろん家だったため、家に火がついた。


咄嗟のことで命令が全然出来なかった。

火事になる可能性の考慮など、詠唱無しでの発動によりただの火炎玉が出たために、周囲への対策ができていなかったのだ。


「馬鹿者!埋まれ!」

九条先輩が咄嗟にその場所に土砂を作り出して、火を消した。


「すみません!助かりました」

俺は九条先輩にそう言って、敵を視認した。


「いやこちらこそ助かった。源次郎さんも助かりました」

九条先輩もそう言って、球の放たれた方向を見た。


「いや、こちらこそ、御白君に助けられたな。それに家の方も助かるよ。それにしても何者だ?」

源次郎さんも戦闘態勢になり、庭を見るとそこにいたのは男だった。

赤い目に、蝙蝠の羽。

服装はパジャマだ。

「鷹虎」

源次郎さんが声を絞り出した。


「まさか、私達が調査に来たことにより、何らかの命令に触ったということかな」


「九条先輩の読み通りだと思います。急に吸血鬼化して襲ってくるなんておかしい。だがこうなった以上は戦わなければなりません。源次郎さんも覚悟してください」


「仕方ない。事が事だ」

源次郎さんも覚悟ができていたようだ。


「まずは庭に出よう。家の中だと戦いにくいだろう。靴は」

「こちらに」

流石。召使いが靴玄関から持ってきていた。

すぐに戦況を読み、この先の展開を予測して動いた証拠だろうな。

俺は靴を履いて外へ出た。


「お前は敵だ!殺す殺す殺す」

鷹虎は殺意を隠そうともせず、炎の魔法で攻撃してくるも、水の壁により阻まれた。


「すみません。取り逃がしてしまって」

ボロボロになった服を着た召使いの一人が、水の壁を作り出したのだ。

見た感じだとこの人は、鷹虎をある程度まで抑え込んでいたと見える。

だが無理だったんだろうな。

「みや下がりなさい」

源次郎がボロボロの召使いに向けて言った。多少食い下がってはきたが、他の召使いにより連れていかれた。


魔法の勝負は数が多ければいいってわけでは無いしな。

連携も出来ないのに、数だけ増えると逆にデメリットになる。


「グゥガァアアアアアアアァアアアアアアア」

突然、叫び出した鷹虎を見るとその後方に九条先輩が、刀身の無い刀を振り抜いていた。


「炎のお礼だ」


地雷で足元を爆発させて、飛び上がり、雷魔法で加速、上空からの高速斬り。

刀身を作っている魔法は雷と地の地雷剣だ。


九条のこういった、小さな魔法を積み重ねて一撃を叩き込む技術というのは、学生の中では群を抜いていると思う。


「クソが!」

鷹虎は九条先輩を殴り飛ばして馬乗りになった。


黒い煙を上げながらも、こちらへ敵意を向けてくる姿はもはや命すらもかけて攻撃してくるようだった。


「まあ、流石に女性にそれはダメだろうな」

源次郎さんが九条先輩に馬乗りになる、鷹虎の背中を蹴り飛ばしていた。


魔法による加速。

この人やっぱ九条先輩に似た戦い方をする人だな。

「この人の息子なのに何故炎属性の魔法を使えるんだ?

最低限地属性じゃなければ、地雷をあそこまで強力に出来ないと思うのだが」

九条先輩がこちらに戻ってきて、そう聞いてきた。

多分吸血鬼になったから?と不確かな勘での答えは個人的に好かないので「わかりません」と答えた。


「硬いですね。九条先輩の攻撃を耐え抜き反撃をしてきましたし」


「それで、御白。準備は出来たのか?」

九条先輩は俺の手を見てそう言った。

俺の手から徐々に影が広がっているのだ。


「えぇ。時間稼ぎありがとうございます。炙り出しますね。


形を持て影よ。存在する物を包み込み。証明せよ」

瞬間、周囲一帯が黒く染まった。

影立体化魔法ー現影げんえい

指定範囲全てを影で包み込み、その内側の生命体反応や、魔法の反応などを索敵する魔法だ。


以前、九条先輩と共にホムンクルス討伐の時にも使ったが、あの時は無色のサポート結界があったので、体力消費を抑えられたが、現状体力が常に消費されている状態だ。


「2匹ですね。屋根の上に1匹と、電柱の上に1匹。形状から察するに蝙蝠です。眷属蝙蝠と予測。相手側の目の役割だと思います」

影を解き、対象にのみ影を落としておいた。

これにより体力消費を格段に抑えられる。


「電柱は私がやる。屋根の上の奴を任せてもいいか?」


「いいんですか?源次郎さん一人になりますけど」


「構わんよ。敵に見られてるっていうのも気にくわんからな。やってきてくれや。こっちは俺一人でも息子一人くらい対処できる」

源次郎さんがそう言った瞬間、九条先輩が高く飛び上がった。

地雷で足場を弾けさせて跳躍、すぐに蝙蝠まで接近して雷魔法で焼き尽していた。


この人の地雷魔法って、威力調整絶妙だよな。

少しでも間違えたら足が吹き飛びそうだ。


そんじゃ俺もやりますか。


「装填・標準・追跡・即撃・破滅・発射」

5段の詠唱からの炎弾に、屋根の上の蝙蝠は逃げる術など無く焼き払われた。


「さて、残すは鷹虎だけですが、こっちももう片がついたようですね」

見ると源次郎の腕に倒れた鷹虎が抱かれていた。

「その蝙蝠を倒した途端倒れたんだ。遠隔操作の中継役みたいな役割だったんじゃないか?」

なるほど。だから偵察と操作のために2匹というわけか。



ヴーヴーヴー



ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。


【中谷 龍弥】の文字が画面に表示されていた。


そういえばあいつも今日は、別の被害者の家へ向かってるんだっけ。


「もしもし?」


『友晴ぅうあああああああああああ!やべえ!やべぇ!急に暴れ出したんだ!』


その一言で何となく察した。なるほど。それでどうすればいいかわからなくなり電話をしてきたと。


「殺しはなしだぞ?近くに眷属蝙蝠がいるはずだ。それを始末すれば止まる」


『表裏!蝙蝠を探して出して潰せってよ!うんというか?やけに詳しいな?まさかそっちもか?』


「ああ。先程、倒したところだ。ちなみに、2匹の蝙蝠がいると思うぞ。偵察係と遠隔操作して、無理矢理眷属にした人間に命令を送る司令係のような蝙蝠だ。倒すべきは後者だな」


『ワカルカァイ!見た目同じだろ!しかもな!どこにいるかもわかりやせんぜ!旦那!表裏気をつけろ!噛まれたらやられるぞ!』


電話の向こう側から、真田の「早く助けて!」って声や「どうしたらいいんです!?」という女性の声。きっとこの声は家族の方だろう。そして「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」という嫌な声が聞こえてきたのだが、これが被害者で健在操作されている生徒だろう。それにしても通話相手の中谷は、何故こんなにも話していられるのだろうか。


「中谷。お前は戦わなくてもいいのか?」


『ああ。それなら邪魔だってよ。俺魔法の操作なんてできねーし、雷の蛇じゃ、止められなかった。それ以外の魔法なんて詠唱してたら、狙われて使えなかったからサポートに徹したんだよ。俺の得意な魔法は記憶型だから、敵の前で使う魔法では無い!というわけで、こっちは今の所無事だから、他の奴らにも蝙蝠の事連絡してくれや。俺は1年生に電話回すから、九条先輩に2年生、友晴で3年生に回してくれ。今日調査に入ってる先輩も、同じ1年も多いんだ。頼んだぜ」


そう言い残して電話が切れた。


俺は九条先輩に伝えると、直ぐに九条先輩も電話をしてくれた。


まあもちろん蝙蝠を探せなんて無理難題なため、電話の向こう側から

『わかんねぇ!おい九条!お前はどうやって見つけたんだ!?』

『お兄様!早くしてくださいまし!ああもう!面倒ですわね!』

「御白が影で操作してだな」

『ナルホド!アリス!影だ影を出せ!』

『むーりーでーすーわ!!!!』


大変そうだな。


こっちはというと。


『蝙蝠ね。なら辺り一帯焼き尽くしたら倒せるでしょ』

『部長。それ本気で言っているのであれば、貴方の頭どうかしているんじゃ無いでしょうか?』

『ちょ!?彩ちゃん!?冗談よ!冗談!』『はぁ。本当にこの状況で冗談はいりません。というか蝙蝠探しなんてするよりも、相手を無力化する方が楽なんですよ?部長さえ真剣に戦っていただけたら』

『休日に真剣に戦うなんて無理だよぉ〜。今日は軽いピクニックのつもりだったのにぃ〜』

『御白君。申し訳ありません。せっかく教えていただいたのですが、どうもこっちは別の問題を抱えているので。切りますね』

そう言って電話が切れた。


竹田先輩も大変だな。




ーーーーーー



同日 校舎裏


土曜日に学校に来てくださいと、手紙が下駄箱に入れられていた。

今時手紙で呼び出すなんて、珍しいと思った。


私、三神由美は校舎裏でとある人物と会っていた。


「三神さん。私とペアになってください」

そう言って頭を下げるのは赤石玲奈さん。彼女が私をペアに誘うとは思ってもいなかったので私は固まってしまった。


「あ、あの!申し訳ございません!め、迷惑でしたか?」

赤石玲奈さんは、頭を下げながら、その場を去ろうとしたので、私は咄嗟に止めてしまった。

「待って!違うわ。驚いたの。私を誘ってくれるとは思わなかったから。だからそうね。考えさせてほしい。今日明日で決断するわ。待ってもらってもいい?」

当たり前だ。この人は私を目の敵にしているような印象だったから、突然の誘いにすぐに答えを出せなかった。


「え、ええ!もちろん!」

赤石玲奈は満面の笑みで微笑み、そして私の手を握り、私の手に牙を向けた。


「え?」


赤い鮮血が手から溢れ出る。


状況が飲み込めず、私はただ立ち尽くすしかできなかった。


赤石玲奈の目に光はなく、何かに操られている様子だった。


「簡単に罠にかかってくれましたね〜。三神さん」

校舎の陰に隠れていた人物が姿を表す。


「貴方はクローシス。まさか貴方が犯人とはね。中谷君も良い感しているわ」

同じクラスで鷹虎君の周りをウロウロしていた、髪で目が隠れている小柄の男。

昨日の部活にて、資料に名前があった。確か


「ハーフヴァンパイヤ」


「ご名答。それでは、少し強引ですが、貴方も眷属になってもらいますよ?ああ、僕のでは無く、僕の眷属の眷属に、ですが」


「イフリート!」

危険信号は真っ赤に点滅していた。

私は使い魔を召喚しようとその名を叫ぶが、その呼びかけに応じる者はいなかった。


「どう......して?」


「当たり前ですよ。貴方は現在眷属の使い魔扱いなのですから、そんな者に従う龍なんていませんよ」


「嘘......」

身体から力が抜けていく。

意識が保てない。


「お姉......ちゃん」

最後の力を振り絞り、姉に連絡を入れた。


クローシスはスマホを無理矢理私の手から奪い取り、電話に向かってこう言った。


「さて、最強狩りを始めるよ。お姉ちゃん」


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