島原 志保李
赤と青。
二台の自転車は連れ立って、ほぼ私の全速力で秋から冬に移り変わろうとする街を駆け抜ける。
私のクラスの島原志保李との待ち合わせ場所を目指して。
私はグレーのワンピースに明るいブラウンのハーフコート。彼は白のタイト目のパンツにネイビーのジャケット。手にはスウェードっぽい生地の薄手の手袋を付けていた。
普通ならおっさんっぽさが出てしまいそうな服選びではあったが、スマートな彼が着こなせば知的で大人っぽい雰囲気が先立って、あたしは母校の詰襟の学生服が、彼の魅力を一ミリも引き出せていないことを知った。
電話じゃダメなのかと言うあたしの提案を、彼は志保李が電話を取らない可能性を理由に却下した上で、態度を見ながら話をしたいと強く主張してあたしにSNSで彼女を呼び出すように要請した。
「……で、どうするの?」
「確かめたいことがあるんだが、その中で島原さんは泣き出すかも知れない。そうなったら君が寄り添って慰めてくれ。あなたのせいじゃないって繰り返すんだ」
「自分でやりなさいよ」
「それは別の問題に発展する可能性がある」
あたしは本当の用向きは伏せて、相談がある旨だけを伝えて彼女を彼女の自宅の近くのファーストフード店に呼び出すことに成功した。彼女も、誰かと一緒に居たかったのかも知れない。
彼女はまずあたしが清水一角を伴っていたことに驚いた。だがそれを理由に場を辞す程の気力もないような様子で、注文したアイスコーヒーと共にややうなだれてハンバーガー屋のビニールのソファーに収まった。
「後悔しているんだろう? 島原さん。『あのこと』を」
開口一番、一角はそう切り出した。なんのことを言っているのか、あたしには勿論さっぱりだった。
だが志保李はびくっ、と体を縮めると怯えた顔で一角を見た。
「高橋未央の自殺。柳澤弘樹の死。まさかこんなことになるとは思わなかった。そうだね?」
志保李は俯いた。
「高橋未央。君、あとは一組の二人。他にまだいるのか?」
志保李は答えない。少し呼吸が早くなったようだった。
「君は知っているんだろう?
『ぱかぱかさんの電話』の正体を」
一角はゆっくり、はっきりとそう言った。
対する志保李の反応は火の点いたような激しいものだった。
「違うのよ! 柳澤先輩が、柳澤先輩が……ご飯を食べるだけだって! ご飯を食べて、適当に世間話するだけだって……だから、だから……だけど未央の客が……柳澤先輩が勝手に取引きして……お金まで受け取って……うう、う、う、う……!」
彼女は早口でそう捲し立て、そこから先は言葉にならなかった。
志保李は両手で顔を覆うと、堰の切れた堤のように泣き始めた。
あたしは、冷や水を浴びたような気持ちだった。
「ばっ……売春……?」
「いや。最初はそうじゃなかったんだろう。客と食事してカラオケでも行ってお金を取る。売春の一歩手前の商売だ。最近じゃパパ活動……パパ活なんて言うらしいな」
「パパ活……」
その言葉はあたしも聞いたことがあった。
あたし達の世代の一部の女子が、そういう小遣い稼ぎをしてトラブルになる事例もある、というニュースを見た覚えがある。
「柳澤弘樹は複数の女子をキャストにしてパパ活の斡旋をしていた。高橋未央はそのキャストの一人だったが、客と柳澤とトラブルになり自殺。柳澤が殺されたのは、その復讐の為だ」
「復讐……つまり犯人は、高橋未央の弟の、高橋健斗?」
「無関係じゃないだろうな。彼のバイクには犯行の痕跡があった。だが僕の考えでは、『真犯人X』は別にいる」
「ぱかぱかさんの電話ってのは……真犯人Xからの?」
「それも違うな。柳澤からの仕事の電話さ。メールやSNSじゃ文面が残る。人の名前で電話帳登録したら人物の名前が出てしまう。多分だが、キャストのうちの誰かが、柳澤からの仕事の番号を『ぱ か』の二文字で登録してたんだろう。他の誰かにそれを見られた時、咄嗟に呪いの電話の幽霊をでっち上げて誤魔化した」
「誰かじゃない……みんなよ。そうしろって柳澤先輩に言われたの。誰かとは分からず、仕事の電話だとはすぐ分かるようにって」
志保李は息をしゃくり上げながら切れ切れにそう言った。
「ぱかぱかさんで誤魔化したのは私……フードコートでテーブルに置いてたスマホの着信を愛華に見られて……」
そこまでを言うと志保李は、また呻くように泣き始めた。
「何してる」
隣の一角が囁いた。
「君の出番だ」
「……あなたのせいじゃないわ。志保李。あなたの、せいじゃない」
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