清水 一角

 隣のクラスのその男子。

 同じ中学だった友人に聞いたところ、彼は清水一角という名で美術部に所属する特に目立つ所もない比較的真面目な生徒だということだった。


 その清水一角君をあたしは尾行してる訳だけど、その選択を後悔しているところだった。今まさに。怪しげな雑居ビルの前に立ち尽くして。


 有名女優のダブル不倫騒動から再び回れ右したマスコミ各社の熱意溢れた報道のお陰で、また天地鳴動の大騒ぎの中心となった我が校は三日間の閉校となり、生徒は休みで学校施設全体は警察の管轄の元に徹底した捜査が行われることとなった。


 家でテレビを点けても人体浮遊死事件の話題ばかり。本を読んでも動画を観てもどこか心ここにあらずで集中できなかったあたしは、お出掛け用の装いを整えて街へ出た。


 単純なもので髪型をちゃんとして薄く化粧をし大人っぽい服を着て華やかな街に出ると、それだけで少しだがあたしの気持ちは上向いた。


 しかしそれも少しの間だった。

 服。雑誌や本。パンやスイーツ。可愛い小物。いつもならあたしのテンションを上げてくれるそれらの経済生産物も、今日は目の前の景色に埋もれて目の表面を滑ってゆく。こういう時に限って映画は地味な芸術映画みたいなものばかりで観れば余計に気が滅入りそうだった。


「いや、違う」

「呪いなんがじゃ、ない」


 耳の奥では清水一角のその言葉が、繰り返しリピートされて離れない。


 大沢先生が答え合わせをしてくれようとしていたあたしの真っ白な答案用紙は、柳沢弘樹の血で真っ赤に染まって、その上に清水一角が新たな答案用紙を置いた。


 あの日あの瞬間から私は、また答えのない問題の答えを求めて悶々としていた。


「いや、違う」

「呪いなんかじゃ、ない」


 何が違うんだ。呪いじゃないならなんなんだ。

 現に柳沢弘樹というサッカー部のエースにして生徒会長だったイケメン男子は、電話のコール音とともに宙を舞い、体育館の天井と冷たい床に体を叩きつけられて、三重四重の死因と共に即死した。あたしたちの見ている、その目の前で。


「いや、違う」

「呪いなんかじゃない」


 結局なにも買わずに東駅まで帰って来て、自分の自転車を自転車置き場から押して出て来たあたしの目は、目の前の人物の背中に釘付けになった。


 清水! 一角……!


 声が出そうになるのをギリギリで堪えた。

 向こうはこちらに気付いていない。

 鮮やかなブルーのママチャリに颯爽と跨って、平日の街並みに走り出して行った。


 きっかり一秒の逡巡の後、私の赤い自転車は彼の自転車の後を追った。


***


 かくて三十分あまりをほぼあたしの全速力で走り続けた彼の青い自転車は、郊外の国道沿い、畑と住宅地の縁にぽつんと立つ怪しげな雑居ビルの前で止まり、彼の姿は閉まった一階のシャッターの脇の細い階段に消えた。


 ぜえぜえと肩で息をしながら自転車を降りた髪ボサボサのあたしは、自転車を路地に停めると、彼の上がって行ったであろう雑居ビルの二階を見上げた。


 窓にはフィルムで貼るタイプのミラーシートが貼られ、そこに窓に描くには小さなゴシック体で社名と思しき名前が綴られていた。


「カノマジック」と。


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