坂本 天馬

 隣のクラスの高橋未央が自殺してから一ヶ月。

 連日のマスコミの取材攻勢も、四日前に発覚した有名女優のダブル不倫騒動に回れ右してようやく沈静化し、あたし達は静かな日常を取り戻しつつあった。


 けれどもそれは、例えばエビフライで言えば衣の部分の話で、中身のエビに当たるあたし達の心への影響は、揚げたてほやほやの状態のまま学校全体に湯気を立てて横たわっていた。


 同じ学校の子の自殺。


 仲の良い友達ならまだしも、イマイチ顔もよく知らない同じ学校の女子の死に対する態度に、あたし達北高生の多くが困っていた。彼女の自殺の原因がよく分からなかった事も、その困惑の一因かも知れない。聞くところによれば彼女の成績は良い方で家庭も裕福だったし、クラスの中心人物でこそなかったものの、決していじめられたりしていた訳ではなかった。と、いう話が本当かどうかもこれまた分からない。


 何故なのか。どうしたらいいのか。

 この一ヶ月。答えのない答案用紙があたし達の机の上にはずっと置かれっぱなしだった。

 そんな、なんとも割り切れないモヤモヤした感情を苗床にしてか、にわかに校内には色々な噂が流れた。

 主に自殺した高橋未央に纏わる、心霊現象の噂だ。


 曰く、夜中の誰もいない校舎からキュッキュッと歩き回る音や、どーんという大きな物音がする。それは彷徨える高橋未央の霊で、飛び降り自殺したその死の瞬間を繰り返しているのだと言われていた。


 曰く、学校の脇の袋小路に、黒い幽霊バイクが繰り返し突っ込んで行く。それは彼女に先立ってバイク事故で死んだ彼女の恋人の霊で、現れる筈のない彼女の姿を求めて、繰り返し迎えに来ているのだと言われていた。


 中にはスマートフォンを通じて人を呪い殺す「ぱかぱかさん」なる幽霊が高橋未央の死の原因らしい、なんていうどこかで聞いたような安っぽい作り話まであった。


 高橋未央の自殺現場は彼女の自宅の近くのマンションだったから、学校でその最期を繰り返すのはおかしな話だし、近隣で彼女と一緒のところを目撃されていたバイク乗りは彼女の年子の弟で、彼女が自殺して以来学校を休んでこそいるが普通に存命だったし、ぱかぱかさんに関しては「友達の友達が、ぱかぱかさんからの着信が彼女のスマホに入るのを見た」などというやり尽くされたお約束までセットで流布していて、あたし個人としては語るに落ちるという印象しかなかった。


 あたし達は怖かったんだと思う。


 唐突に身近に現れた「死」が。

 理由の分からないそれは、高橋未央に訪れたのと同じ理不尽さで自分や自分の大切な人に訪れるかも知れない。そのことが恐ろしかったのだ。


 だから彼女を怪談に祭り上げて自分とは違うと納得し、だからありもしないバイク事故を想定してその死に理由があると安心したかったのだ。

 

 あたし、坂本天馬はそう思っていた。

 二つ目の「死」が、一つ目のそれ以上の唐突さと理不尽さと生々しさであたし達の目の前に文字通り降って来るまで。

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