Read:2[振り返れば骸]

 東京の夜空に見えるものと言ったら、複雑に絡まりあった道路を行き交う自動車のライトに負けて薄く霞んだ月と、夜道を独り歩く男の吐いた息の残りくらいだろう。

 

 男の名は解差トキサと言って、生きる中で出会う数多くの人々を安易に見定めず、格差を解いて付き合ってほしいと想われて在る名だった。


 そんな彼が夜の街に溜め息を溢した理由は、皮肉にも彼がある組織内で絶大かつ尊大な存在価値を示してしまった事にある。

 トキサが身を置く組織とは、各国で頻発するテロ、貧困、難民、紛争等の国際的殺戦問題に対処すべく設立された多国籍&無国籍組織「NIS」だ。

 彼はNISが実行した前回の作戦で史上類を見ない功績を見せ、進級の期待が高まっている。


 世界平和のために日夜勤労し疲労したトキサは、日本人NIS兵専用の施設から自宅のマンションまでの帰路を辿っていた。


 午後八時を過ぎても、大通りの飲食店街は大勢の人で賑やかだった。無数にうごめく群衆の中で一際浮いて目立つのは、冬の夜空の様に深い紺色をしたNISの制服コートだ。


 流れるような人の波を避け、トキサは大通から外れた少し静かな通りへと出る。


 「……………今夜中にレポートの処理と、後は現地事後処理班クリーナーへの指示書を完成か………」


 大規模な戦闘作戦がようやく完了し、日が暮れてからやっと帰国した彼は、働き方改革と書かれたポスターを羨ましそうに眺める。


 「おっ。鷹巻君じゃないか! お疲れ」


 トキサがお気に入りの和食屋を目指して歩いていた所に、野太い男の優しげな声がかかる。


 「ロックさん!?」


 茶色がかった金髪のアメリカ人男性は、トキサに歩み寄ると軽く握手をし、並んで歩きだす。







 「ユネスコが焼鳥を見捨てた理由が、僕には解らないよ。これは、無形文化遺産にすべきだ」


 ロックは目の前の皿の上に無数の竹串を積み重ねながらそう言った。


 「ロックさん、あまり脂質を摂りすぎるのは……………ははは。気に入ってますね」


 トキサの忠告も儚くスルーされ、ロックは塩と糖がたっぷり入ったタレ壷に焼きたての鶏肉を刺す。

 

 「そんな事より鷹巻くん。今度の作戦では本当に助けられた。良くあの警備網を抜けてE.Gまで辿りつけたね。すごいよあんたは」


 「いやいや。ロックさんが機転をきかせて偵察を出してくるたから、この一件が上に重要視されたんですから。メインは貴方ですよ」


 ロックは一通りの焼鳥を平らげると、静にうつ向いて話し始める。


 「もともとイルベストとカイラスは仲良さそうじゃ無かったんだよ。イルベストがカイラス国から独立した翌年にすぐ希少鉱石の大量採掘があったんじゃあ、カイラスがキレるのもまぁ解る。でもな、あいつらは寒さのせいかイカれた事しすぎだ………!」


 トキサは黙ってサラダを頬張りながら、そっとロックの悲しげな声に聴き入っていた。


 「図々しくもイルベストとの再度結合を狙ったカイラスとは言え、一度結んだ条約の上にはいくら大きな会議だって無駄だと解ってやがった。だからカイラスの王女はイルベスト側の首相と会食なんて不自然なマネを強引にやった。親睦会なんてクソッタレなジョークを新聞に記載させて、な。鷹巻くん、こんな紛争なんて言えねぇようなゴミクソ…………失礼、虐殺ってマジで腹立つよな」


 「…………ええ。ですがそれももういずれ、過ぎた話となるでしょうね」


 ロックはそうだな、と寂しげに溢すと、トキサの顔を真剣に見つめ、笑顔で言った。


 「イルベストE.G強行押収作戦、お疲れだったな」


 店員に焼鳥の残骸を下げさせながら、ロックは誇らしさ半分寂しさ半分と言った気持ちで続ける。


 「虚しくも消えた数百の命の、無実を知らしめる作戦…………最後の一手を討ったのは鷹巻くん、君だよ」


 「………………今回の作戦には、それこそ大勢の兵士が投入されました。私もその大勢の中の一人である事に変わりはありません」


 ロックは水を静に飲み干すと、優しく強い声で言った。


 「鷹巻君も僕も皆も変わらない、同じ兵士でしかないんだ。が、鷹巻君も僕も皆も、代わりはいない」


 「そうですよね。やっぱり任務の後は寂しくなる……………今回の(殉職)はどれ程だと…………?」


 夜も深くなり、静かな店内にはトキサの二人組しか居なかった。静寂の中に厨房から響く食器のぶつかり合う音に紛れさせるように、ロックは苦しそうに、吐くように告げた。


 「実警と内修合わせて三人だ………改権兵も一人片腕を失った。僕の旧友もな………………はぁ……………」


 「身近を削がれる気持ち、私なら知っていますよ。なんの救いでもありませんけど…………一人で考えるのはお勧めしませんので」


 それから結局店を後にするまで、二人の会話は無かった。


 






 二人の男が、小さな暖簾をくぐって通りへ出てくる。


 「涼しいな…………日本は」


 ロックは漆黒の空に向かって見えない何かを求めるように呟いた。


 「明日の公慰式は参加されますか?」


 トキサの顔を見る事も無く、ロックは一言「もちろん」と答えて、二人はそこで別れた。


 


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NIS-中立国際和平継続部門 導優 @2-2-2

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