聖なる想い④
「昨日未明に起こった謎のテロ組織によるテロは、アメリカとドイツの特殊部隊により鎮圧され……」
「あぁ、消しちゃ駄目だよエイルちゃん。見てたのにー」
「片付けながらテレビが見られるか、それに余所見は危ないから駄目だ。今の体を考えろ馬鹿」
両手に本を抱えて頬を膨らませるウラノスは、壁に付いているモニタを指差しながら踏み台の上で駄々をこね、電源を点けようとASCで操作する。
その電波をELIZAに妨害させ続けていると、前屈みになり過ぎたウラノスが案の定バランスを崩し、前傾姿勢のまま待ち構えていた私の胸に着地する。
ぷるぷる震えて必死にしがみつくウラノスを助けずに立っていたが、そろそろ限界らしい為、仕方無く支えてやる。
「エイルちゃん離しちゃいーやー」
「危ねぇ! おま、反応可愛過ぎかよ。手滑りそうになったじゃねぇか」
「嫌だよエイルちゃん、離さないで離さないで離さないで。でも下ろして、足着かないと怖いから」
「人形みたいだなお前、1回飾らせてくれ」
相当に軽いウラノスを持ち上げて、本棚の中にある大きなものを置くスペースに座らせ、少し離れて眺める。
「こ、怖いよ、高いよ。死んじゃうよ、ティオー!」
「呼んだ? 僕は仕事で忙し……い、んだ……」
「よ、よぉ。元気そうだなティエオラ、ウラノス泣いちまってどうし……」
「下ろすんだ、今すぐに」
時代遅れな武器である剣を引き摺っていた右手が振り上げられ、その後ろにいた青年が必死にティエオラを宥める。
うっかりティエオラの右手側滑らない内にウラノスを回収して、慎重に床に下ろして部屋の窓から飛び出す。
「うおぉぉぉー! びっくりしたー……上から降って来るなよエイル」
「なんだよドレイク、硬いこと言うなって。どこから現れようが私の勝手だろ? それより次の出撃の為に訓練しに行こうぜ」
「エイル、俺たちは昨日帰って来たばっかで休めと命令が出てるだろ。今日は訓練禁止の日だ、休むことも覚えろ」
「ならよ、なんでニュースでは私らが負けたみたいになってんだよ! 実際あの白い建物の建っていた周辺の地面が落ちて、死者が多かったのはアメリカ制府の方だろ! ドイツは警備ロボットが半数も飲み込まれた、それでもあいつらは勝ったらしいぜ、私たちの力不足でな!」
「おいおい、わざわざ国民に負けただなんて言う行政機関は無いぜ。例えどれだけ目に見えない犠牲があっても、国民からしたらそんな物は大した問題じゃねぇ。問題は自分たちの安全だけ、テロリストが居なくなりゃそれで良いんだ。そんなもんだろ今の時代、だから俺たちはこんな人殺しやってんだ」
「チッ、人殺して世界が簡単に変わるとは思ってねぇけどよ。人が死なない国で何かが変わる気もしねぇ、どうしたら私らの苦しみを分かってもらえるんだよ……最近そればっかり分かんねぇ。やっと悩みをひとつ振り切ったのによ、下らねぇ世間はまた私を悩ませやがる」
「まぁ、今日は飲んで忘れようや。聞いた話だけどよ、鈴鹿さんも相当焦ってたらしい。ファンプリは思ってる以上に余裕が無いみたいだ、今ならまだ離れられるんじゃねぇかエイル」
突然そんな腑抜けた事を言い出したドレイクに掴み掛かり、押し倒して馬乗りになり、引いた拳を思い切り地面に叩き付ける。
「制府に捨てられた私らに、一体ここ以外何処に帰る場所があんだよ! あぁそうか、てめぇはあの工場で働く奴隷じゃなかったもんな。分かった、お前は大人しく大好きなママの所に帰ってな! 私みたいな奴隷には親なんて居ないし帰る家もない! お前みたいに何でも普通にあると思うなよ!」
「前から思ってたけどよ、お前は自分の考えだけ人に押し付けて、自分が可哀想なフリだけしてものを言うけどよ。お前みたいな奴が犯罪を良いものと間違えて認知して、あたかも被害者みたいな顔してんじゃねぇ!」
ドレイクの大きな拳が私の頬に叩き付けられ、大きく後ろに吹き飛ばされ、脳がグラグラと揺れて、上手く立っていられなくなる。
「ドレイク……てめぇ」
「お前みたいなやつが犯罪者になるんだろうな、お前みたいな可哀想なやつが、何の罪もない人を殺してこう言うんだ。誰でも良かったってな」
「誰でも良かった……確かにそうだな、私は誰でも良かった。ここより穢れた場所でも良いから連れ出してくれる奴なら、例え制府にだって付いてっただろうな。でもよ、そんなのはまっぴらだ。甘ったれた生温い過保護な世界で、優しくされて殺されていく……そんなのはまっぴらだ。お前みたいな半端な偽善者が、1番ムカつくんだよ!」
立ち上がったドレイクに向かって走り出し、拳を引いて素早く突き出した攻撃を見切り、目の前で回転しながら飛び上がり、上段蹴りを見舞う。
攻撃を受けながらも私の足を掴んだ大きな手に引っ張られ、地面に叩き付けられ、受け身を取っても体が軋む。
その腕に足を絡めて関節を決めると力が緩まり、その隙に距離をとって、腰に差してあったウラノスのコルトガバメントを抜く。
同じくベレッタをこちらに向けたドレイクと睨み合い、遮蔽物が一切無い芝生の上でその時を待つ。
「そこまで」
瞬きをしていないにも関わらず、私とドレイクの間に突如として姿を見せたウラノスが、そう一言吐き出す。
さっきまで泣きじゃくってた泣き虫野郎が、下での騒ぎを聞いて止めに来たのだろうが、生憎引いてやる気なんて微塵もない。
「何だよ泣き虫野郎、邪魔すんなよ。お前に穴空けてそこのマザコンゴリラやったって良いんだぜ」
「邪魔してくれるな、俺はエイルに用があるんだ。あいつの味方するってんなら、相手になるぜ」
「はぁ……あっそ、なら穴でも何でも空けてみなさいよ。空けれると良いわね」
その言葉を聞いてドレイクとほぼ同時に引き金を引き、銃口から吐き出された弾丸が2つウラノスに突き刺さり、なんの抵抗もせずに倒れる。
その呆気なさに少しだけ動揺こそしたが、構えを解かずに睨み合い続ける。
少しだけこちらを向くのが遅かったドレイクに向かって発砲しようとしたが、いつの間にか手の中にあった重さは無くなっていて、倒れているウラノスの手の中に、しっかりと握られていた。
ドレイクの持っていたベレッタも反対の手に握られており、驚きのあまり、ウラノスを眺める事しか出来ない。
「あなたたち、私の名を言ってみなさい」
地面に手を付いてゆっくりと立ち上がるウラノスは、両手に持った銃をそれぞれ逆方向に向け、ぴたりと私の額に狙いを定める。
「ウラノスだろ、なぁエイル」
「あぁ。何だよウラノス、いつの間に銃を……」
両手の銃の引き金を引いたウラノスが腕を下げ、下らなさそうに地面に投げ捨てる。
「私は友希那だから、誰があんなのだって?」
「えっ……」
「おぅ?」
「だから、九条 友希那だって」
「友希那、こんな所で特殊武装使って……何かあったみたい、だね」
ばたばたと運動が出来ない人の典型的な走り方で姿を見せたウラノスが、友希那の隣で両手を膝に付いて大きく息をする。
「うわっ、最悪。何で気安く名前呼ばれてるんだろ、貴方の事が嫌いなの知ってるでしょ?」
「ごめん……なさい、覚えてないんですけど、私の娘なんですよね。一体私は貴女に何をしてしまってここまで嫌わ……」
「黙って! 何で私は貴女に似てしまったのか分からないけど、最低よ本当」
「……ごめんなさい、もう行きます……」
友希那と並んでいた瓜二つの小さなウラノスが倒れ、芝生の上に転がる。
駆け寄ってウラノスを処置しようとしたが、突然体に力が入らなくなり、友希那がゆっくりと歩き去っていく。
息が荒くなっていくウラノスを放置して、私もドレイクも動けないままそれを見守るしかなく、苦しむ姿が脳裏に焼き付く。
何とか都子にメッセージを送る事は出来たが、果たして「た」だけで伝わるかどうか分からない。
「友希那! 特殊武装を解除しろ、処置を頼む七凪」
走って来た鈴鹿が一緒に居た七凪に指示を出し、遠くに居た友希那に追い付くが、気にも留めずにそのまま歩き続ける。
「友希那様が特殊武装を解いて下されば、すぐに動けるようになりますので。少々お待ち下さい」
七凪がウラノスから目を離さずにそう言い、小さな溜息を漏らしてASCを操作する。
「報告しますティエオラ様、脈は止まる寸前で栄養失調とα1-アンチトリプシン欠乏症が主な原因です……はい、お連れします。侍医が見て下さるのですか、はい。ありがとうございます、では」
地面から茨を出してウラノスを持ち上げた七凪は、凛凪が回してきた車に一緒に乗り込み、どこかに走り去ってしまう。
「動けるぜエイル、何か半端になっちまったな」
「そうだな、それでお前はどうするんだよ。帰るのか」
「そう思ったけどよ、仕方ないからいつも通り折れてやんよ。俺らがやらなくても良いのかもしれねえけどよ、誰かにさせるよりマシだしな」
「あーあ、私は訓練してくる」
「俺も行くぜ」
「良いな、なら勝負するか」
何も言わずに走り出したにも関わらず、同じタイミングで走り出したのを見ると、こいつは私の事を余程理解してやがるらしい。
そのままスピードを緩めずにシミュレーションルームに走り、建物の中に滑り込む。
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