聖なる想い①

「何でウラノスを巻き込む必要があったんだ!」


着陸した機体から降りて来た聖冬に掴み掛るが、なんの反応もせず、表情ひとつ変えずに私を見る。

私が何か間違っているのかと思う程真っ直ぐなその目は、自分の信条を貫き通す彼女の強さが滲み出ていて、安易に立ち入ってはいけない気がした。


それは相手を不快にさせるからなどでは無く、唯こちらが壊されそうになる狂気性を帯びていて、これ以上言葉や行動が出来ないように、制限されていると言った方が適当と言える。

何も間違っていないその目は全てを見透かして、もしかしたら、ウラノスが助かる道を残していたかもしれない。


視界が晴れた爆撃地域に視線をやると、膝を着いて沈黙したウラノスの姿があって、数ミリも体を動かさない。

駆け寄って運んでやろうと走ると、もうすぐ声が届くと言う距離になって、ウラノスの体が消える。


「えっ……さっきまでここに、居たよな」


「正解だよエイルちゃん、そして今はこっちに居るのさ。聖冬の方を見てごらん」


言われた通り、遠くの聖冬を見てみると、先程までは居なかった蒼髪の人が立っていて、その空の上は、色が抜けた様に割れていた。


「ウラノスなのか、蒼髪のやつが」


「うん、私は名前の通り空だからねぇ。ティオが居る限り滅びないよ、空が無くならないまではね。まぁ、それももう少しなんだけどさ。後悔は死ぬ程無いよ、友希那が正しく使ってくれるからね」


「よく分からん、取り敢えず死なないんだな。にしても雰囲気が変わったな、なんか幼くなったと言うか、より女に見えるって言うか」


「察しが良いね、正解だよエイルちゃん。私は死ぬ度に幼児化している、これも最初はティオが気付いて、友希那と3人で話がしたいって言われて初めて気付いたんだ。だから、もう19歳頃のこの体は、あと2回死ねば消えてしまう。そうしなくても、私の体は今の科学では治せない不治の病だから、最前線を退く気も無いんだ。どうせ死ぬなら聖冬が今回で最後、ティオと友希那にあと1回ずつ殺してほしい」


「……歪んでるよあんたら、私でもそう思う程に捻れ過ぎて一回転してやがる。何がそうするのか分からないけどよ、友希那もティオってのも殺さないんじゃないか。愛する人を殺すなんて、私にはとてもじゃねえけどな」


「愛してるからこそだよ、重いだなんて言われても私は構わない。重くない愛は愛じゃないでしょ? それは公共的優しさ、周りが良い子良い子して人を徐々に絞め殺す。そこに愛なんて無いんだよ、見返りを打算して弾き出した、それこそ無機質な行動だ。重くなければ意味が無い、愛を知らないキッズたちが多いのさ、時代が進むにつれ人は腐るものだからね」


蒼い瞳と長いまつ毛を伏せ、切り替えた様に私を見て笑う。

強い覚悟を持って死に対する恐怖を振り払うのは立派だと思うが、無理に笑って紛らわせるのは、何度見ても胸の中が騒がしく暴れ回る。


だが、今まで見てきたソレとは違う点がある。

それは、久し振りに何か懐かしい誰かに会った様な笑顔で、儚い美しさを持っている、とても美しい笑顔だった。


「私は日本に戻るわ、次呼んだらその時は即死だと思って。まだ衝突はしてないから、日本に居るPhantomと日本軍が動かない限り、中国側も動く気が無いみたいだから」


「状況報告有難う聖冬、じゃあ私も仕事をするね。聖冬の推測を疑ってみると、2つの点が私の中で引っ掛かる。私たちは中国や韓国が所有権を主張した島を日本の物と明確にしなければ、領土をハッキリ決めていないと言う事で三要素を満たさない、つまり国と認められないと通達が来た訳だ。それは中国も同じ、なら何故早く島を占領しないのだろうか?」


「そうね、無駄な戦闘は避け戦力の温存。或いはこの時間を使って軍拡、既に潜水艦による隠密作戦が始められている。空母だとばかり思っていた私たちは、裏をかかれたって訳。遺産艦の暁型後期型、残響エコーに対潜水艦作戦を遂行させるわ」


「そこまで状況整理が早いなら私ももうお役御免だね、これで聖冬にとって私の価値は皆無となった。消え去る日は近いね、もう時間も掛かってしまうから」


「何言ってるの、私の枕はこれからどうなるの」


「私よりも鈴鹿が居るでしょ、私だってもっと聖冬の我儘を……」


「もう良いやめろウラノス! 終わりの話なんて要らないだろ。なんで必死こいてでも生きようとしないんだ、頃合いを見て前線から退くのも、聡明な判断じゃねぇのかよ」


突然の大きな声に、聖冬の背中に隠れてしまった小さなウラノスは、恐る恐る私の顔を聖冬の陰から覗き込み、怯えた目で私を見上げる。


「1人で生きようとするのは何でなんだ、1人で生きれる訳ないだろ! だから家族とかが居るんじゃないか、お前はまだ想像も出来ない様な未来を創造してくんだろ、だからおまえも想像してみろ! この世界の夜明けを、お前のテクノロジーで新しい世界いのちが生まれるその時を!」


「……分からないよエイルちゃん、何で怒ってるの。私何かしたかな、そんなに怒らせたならあやま……」


「違うっての! お前はもうどう見ても19歳くらいじゃないだろ、何で誰もそれを言わないんだ、あと2回も残ってないだろ……どう見ても10歳にも満たない見た目じゃねえか、僅かに残った断片の記憶でしか話が出来てないじゃない。何でそんな残酷な事が出来るんだよ、お前たちは!」


私の言葉を聞いて自分の小さな手を見たウラノスは、大きな瞳から涙を零して、体を震わせながら膝を折る。

聖冬は何故言ったのかと言う顔をして、首を小さく振ってから機体の方に歩いていく。


「なぁウラノス、お前はまともに計算が出来なくなるほど体が幼くなってるんだ。その小さな体にはそれ程知識を詰め込める脳の容量は無い、頼むから友希那たちの為に前線を退いてくれ」


「自分の年齢すら推測出来ない程に……ごめんね聖冬、ごめんねティオ、友希那、笑夢えむ心桜しおん


涙を流して疲れたのか、幼いウラノスは瞼を閉じて膝から崩れ落ちそうになったが、いつの間にかドイツに来ていた都子が、優しく受け止める。


「この子を無理に使役していたのは紛れもなく私たち聖家、それが当たり前になって、何も見えなくなっていたのはいつからだろう、何でなんだろうね」


「そんなの、お前たちが依存してたからだろ。巫山戯るな、何が聖家だ。私が憧れていたPhantom Princessは、聖冬はそんな分かり切った……」


「そんな事はずっと後ろに付いてきていたからお姉様も分かってるの! それでも、この子は何も言わずに憧れだけで付いて来たの。誰よりも私たちが分かってるの、だから、この意志は私たちが伝えていくの。覚悟ある者を止める事は覚悟ある者でも難しいのよ、貴女なら止められたというの」


「止められる……訳ないだろ、こんなに強い人は初めて見た。私なんかが止められる程、ウラノスは私たちよりこの世界を見捨てちゃいなかったんだ。そうする事すら惑わせてく、それがウラノスだったんだ」


戦闘機の翼に腰掛けた聖冬に抱えたウラノスを連れて行き、後方の席に乗せて聖冬が離陸していく。

それを見送って話を黙って聞いていたアンジュの方を向くと、気不味いと言う顔をして目を逸らされる。


「君は優しい子だエイル、だけどウラノスはもう子どもじゃない。死ぬなんて分かり切っていた、だからって足を止められる所に居ない。そういう事だ」


「分かってるよアルテマ、分かってても私は何も抗わないなんて、そんなダサいことしたくないんだ。どれだけみっともなく足掻けるか、それが生きる確率を高くするだろ?」


「くはははっ、そうか、私たちにみっともなく足掻くなんて考えに無かったよ。確かに見習わないとね、身分なんて関係無しに」


「あぁ、叫び散らしてやるよ。ウラノスの想い全部、制府のド畜生共に」


ウラノスが落としたであろう黒いカスタムが施された、傷だらけのコルトガバメントを腰に差して、友希那から貰ったHK416を肩に掛け掛ける。


「さぁ、爆撃で目立ったからそろそろ出ないと。このビルの裏にPhantom Princessが居るわ、グルカの傭兵が来たことから場所もバレてる。アメリカはファンプリを消すつもりよ」


「だろうな、平和の象徴が居ると暴れられないもんな」


「それ以前に主に政府で活動されたら士気に関わるからな、反制府の象徴でもあるからだろ」


「どっちにしろやりゃ良いんだろアンジュ、アルテマ。もう迷わないからさ、多分引き金をスムーズに引けると思う」


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