消え去る日だ⑤

「んだよ……覚悟覚悟ってうるせえな、そんなのアメリカから出る時に出来てたっての。なのに勝手に無いなんて決め付けやがってよ」


建物の中にあったバーで酒を飲んで愚痴っていると、机に叩き付けたコップが衝撃で割れる。

破片で手を切って流れ出る血が少し残っていた酒と混ざり、残ったコップの底に溜まって机を伝う。


「お見送りは良いのですかエイルさん、リペアです」


落ち着いた雰囲気のマスターは、割れたコップの破片を布で拾い集め、優しい声音で諭す様に私に言う。

酒の代わりに置かれたリペアを腕に打ち込み、腰に着けていたM9A1を机に置いて机に突っ伏す。


気分が良くなってきて瞼を閉じると、隣に誰かが座った気配がする。

重くなった瞼をこじ開けて座った人を見ると、綺麗なブロンドの白人女性が、私を一瞥してマスターに向き直る。


「ビールひとつ、あとこの左の子に100%のオレンジジュースを出してあげて。支払いは私がするから纏めておいて、タクシーも呼んでもらって良い?」


「相変わらず完璧ですね、ビールとオレンジジュースです。ASCを騙していると、注意が表示されませんから、程々にお願いしたいのですがね」


「ありがとう、ならマスターからも注意してあげれば良いんじゃない……あー、美味し。久し振りのお酒だわ」


カウンターに肘を付いて俯いた女性は、目の前の情報を指で次々に処理していたが、突然指を止め、全ての表示を手で視界から根こそぎ片付ける。

眉間を指で押さえて溜息を吐いた女性は、私の手元に置いてあるM9A1を手に取る。


「あー、そう言う事なの。本当にどれだけ面倒事を増やしてくれるのか、まぁ1度面倒を見るって言っちゃったし仕方が無いか」


押し退けたデータを引っ張り戻した女性は、もう1度ビールを口に運び、再びデータを手際よく指で操る。

女性がビールを飲み干したのを最後に意識が遠退き、視界が真っ暗に落ちる。


――――


「さぁ、消え去る日です。ウラノス」


どこか聞き覚えのある声に反射的に瞼を開くと、知らない部屋で先程の女性に腕を指で押されていた。

目が覚めた私に気付いていた女性と目が合い、会釈をして「どーも」と挨拶をすると、「Wie geht’s?」と、よく分からない言葉を返される。


すると視界に小さなユニットがドタバタと落ちて来て、先程の言葉を翻訳して表示する。

元気? と表示された文字を見て女性を見ると、まだ私の腕を指圧し続けていた。


内関ないかんってツボを押してるから少しは和らぐと思うけど、薬が必要なら申し出て。それとお風呂に入るから貴女も準備して、1人で入らせて死なれても困るし」


言うが早いか、ズボンを脱いでワイシャツ1枚になり、ASCを操作して浴室の電気を点けて、浴槽にお湯を張る。

煙草に火を点け、鬱陶しそうにASCコンタクトを外して、机の上に投げ捨てる。


「良いわね貴女たちは、BND……あー、連邦情報局はASCを弄れないから。こう言う反社会的な健康を乱す行為をすると、ASCが警告を鳴らして二日酔いより気分が悪いわ。ニーア、ルイア、ご飯置いとくから」


その声に誘われる様に猫が姿を現し、視界に入ると同時に、ロシアンブルーと言う表示がされ、女性の足下をぐるぐる回っている。

足下の猫を抱き上げて鼻を擦り付け、顔を舐められて擽ったそうに目を瞑る。


「何してるの、早く」


「お、おう。マジで一緒に入るのか、てかでけぇなおい、腰が引けるななんか」


出来るだけ見ない様にして脱衣室に逃げると、もう1匹の猫が扉の隙間からすり抜けて来て、私の足の間を通っていく。

出そうになった声を抑えて立ち尽くしていると、背中を触られて、遂に声が漏れる。


「うぉぉぉい! マジでおっさんみたいな声出ちまった、そろそろ誰だよお前」


勢い良く振り返って女性に質問をぶつけると、もう1匹の猫を抱き上げて舌で舐めていた。

舌を出したまま私を見て固まった女性は、猫を床に下ろして、気付いたように出ていた舌を仕舞う。


それから少し考えた後、納得出来る答えを見つけた様に微笑む。


「BNDで93年振りの1桁Code Name、JB002。どう? 凄いでしょ。皆からはJBって呼ばれて……口の中毛だらけだわ」


これはまたドギツい変人が来たと思ったが、ウラノスたちに比べれば、まだマシなのかと思う。

美人なのはウラノスや鈴鹿とは変わらないが、あの2人以上に真面目でしっかりしていて、何よりも今までの行動から、私でも分かる程良い女だ。


「凄さが分かんねぇ、ずっと工場に居たからよ。こんなに夜景が綺麗で高いビル初めてだし、宿舎のひとつだけある小さな窓の向こうには、警備ユニットしか見えなかったから」


「そう、まぁ自由を手に入れたんだし、聖冬たちに協力するもしないも自由。本当に制府解放を実現してしまうなんて、聞いた当初は信じてなかったわ。国ひとつ相手にするなら、凡人には生命が何個あっても足りないもの。でも静かに備えていた彼女たちは、どんなテクノロジーよりも優秀で、急速に科学を発展させてみせた」


「あんな化け物ばかりの天才集団に、私みたいな凡人が入っても足を引っ張るだけだろ。誰がするかなんて問題じゃないんだ、成せてしまえば子どもでも英雄。でもそんな英雄は、皆を平等に助ける訳じゃない。私はそんな汚い優しさを振り撒きたくないんだ」


「確かにあの子たちは人間の枠を超えてしまって神になった、それでもまだ人間と呼ばれたがるのはまだ人で居たいから。あの子たちの前で化物は禁句だから、人が生きながらにして神格化されるのは異例だけど、崇拝する者なんて殆ど居ないわ。神なんて都合の良い逃げ道だもの」


難しい話になってきたからか、JBは会話を切り上げて浴室に消えていく。

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