消え去る日だ①
手を合わせて目を瞑って祈り、暫くそのままで居ると、前に立っていたケイが喋り出す。
「天使の子どもが貴女の罪を赦した、これからはアルテマと名乗りなさい」
祈りを捧げている私の前に立ったケイは、突然降り注いだ声に驚いた私を見て、持っていた聖書を投げ、ニコッと笑って手を差し出す。
「なーんて、堅苦しいのは嫌いなんだ。あたしは元々スラムに居たし、連れてこられたのも最近だからさ。これからよろしく」
差し出されたケイの手を取って立ち上がると、奥の扉から大勢の子どもが飛び出して来て、瞬く間に騒がしい声に囲まれる。
ボールを蹴ったり鬼ごっこをしたりと色々だが、大人しいグループに肩を叩かれる。
「あの……耳塞いだ方が良いよ、ケイ声が大きいから」
耳を手で塞ぎながらそう言った少女の言う通り、咄嗟に耳を両手で塞ぐと、手を突き抜けて爆音が響く。
「教会の中で暴れるなー! 遊ぶなら外に行って来ーい!」
子どもたちが慣れた様子で騒がしく出ていくと、耳を手で塞ぎ目を閉じ、口を開けていた私の肩を、背後から誰かに叩かれる。
恐る恐る目を開けて振り返ってみると、ケイが遠くで手を腰に当てて、呆れたような、嬉しいような顔をして立っている。
誰に肩を叩かれたのか周囲を探してみると、視界の隅で小さく蹲った少女が、両手で作った壁の隙間から、ちらちら私の様子を伺っていた。
目線を低くしたままその少女に近付いてみると、私が何もしないと判断したのか、手をゆっくりと退けて、恐る恐る手を伸ばしてくる。
その手を素早く掴んで引き寄せ、少年たちが出ていった扉を勢いのまま押し開け、すっかり陽の落ちた外に飛び出す。
それでも街灯で夜が訪れない程明るい庭で、野球をしていた少年たちに混ざり、一緒に体を動かす。
「うぉーっしゃ! ストレートで勝負しに来い、本場アメリカのbaseballを見せてやろうじゃねぇか!」
「吠え面かくなよおばさん」
「誰が……おばさん、だ!」
カーンと小気味好い音を響かせて飛んだ白球が、どんどん不安になる方に飛んで行き、案の定不安が的中する。
教会のステンドグラスに突き刺さる前にその場から駆け出し、背中でグラスが割れる音を聞きながら、一斉に散った子どもたちと一緒に、壁の後ろに隠れる。
暫くしてゆっくりと出てきたケイを確認すると、全員が一斉に顔を壁に隠す。
息を潜めて空を見上げていると、背を着けている壁に何かが勢い良くぶつかり、跳ね返って地面を転がっていく。
それで見つかっている事を悟り、連れて来た少女を抱えて、壁から駆け出して敷地内を駆ける。
「逃げろー! ケイが来るぞー!」
壁に当たって轟音を響かせたボールに、呆気にとられていた子どもたちが、高い悲鳴を上げて走り出し、ばらばらに敷地の各方向に散る。
植物が沢山育てられている中庭らしき場所に出ると、中央に使われているであろう井戸があり、その中に体を滑り込ませる。
両手が塞がっていて着地がままならない為、壁に足を当てて、衝撃が大きくならないように踏ん張る。
着地する直前で壁から足を離すと、大量の水が溜まっていた底に、綺麗に足から着水する。
少し沈んでから浮上すると、包丁を持ったケイが立っていて、切っ先を私に向けて柄から手を離す。
真ん中から端に避けると、先程まで居た場所に、包丁が吸い込まれて消える。
「ケイマジで危ねぇよ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「落ち着けお前、ごめんなさい連呼は怖いから、怖いから!」
「ステンドグラス割ったの誰かな〜? 正直に手を挙げようか〜」
次は少し大きな岩を持ったケイは、井戸の壁に擦らせる程ぎりぎりで手を離し、避けたわたしたちが居た所に、岩を的確に落とす。
腕の中の少女が恐怖で尋常じゃない程震えだし、ずっとごめんなさいを連呼して、瞬きもせずに口を動かし続けている。
「私が割った、ごめんケイ、まじでそれは死ぬから」
「そうだよね、じゃあ上がって来ようかアルテマ」
「うい、マジすいません」
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