菊の紋⑥
スペイン、フランスを大きく迂回してドイツに向かう途中、これまで何事も無かった機内に、突如通信が繋がれる。
「こちらヘリオス3、只今日本上空の哨戒任務中、所属不明機、8機編成で空域に一直線に向かって来ています」
「こちらウラノス、警告を受け入れなかった場合、墜落させる事已む無しとス。Phantom Princessをドイツに送り届けた後、一部のPhantomと本国に帰投する」
「了解。警告の無線を繋げ、応じない場合は……」
突然入った緊迫の無線を終えたウラノスは、特に焦った様子など無く、至って冷静そのものだった。
この長い空の移動も遂に終わりを迎えて、本場であるドイツのビールが飲めると思っていたが、それもお預けになりそうだった。
「本国に帰投する者を言う、都子隊、鈴鹿隊、そして聖冬。物部姉妹には、Phantom Princessの護衛を任せる」
「任された、凛凪お姉さんから離れるなよお前たち。無理せず七凪の支援に頼れよ」
「任せて下さい、必要な物はASCで送って下さいね。Arsenalからびゅんびゅん飛ばしますよ、銃から弦まで、余裕を持って申し出て下さい」
「では、機体の操縦は愛奈に頼んでよ良いかな?」
「任せて叔父様、雨宮家の誇りに掛けて、この機体に傷を付けさせないから。帰ったら褒める準備しててよね」
「任せておけ愛奈、他の皆も褒めてやろう。では、ドイツでの新曲、頑張れ!」
ウラノスが軽快にASCを操作すると、後部のハッチが開き、操縦席から離れたウラノスが躊躇わずに飛び出る。
それに続いた鈴鹿も飛び降り、部下も同じ様に後に続く。
「鈴鹿隊の最後が行ったら飛ぶわよ、準備しててねエイル」
「準備って、パラシュート無しで飛ぶのか? そんなの……」
「煩い、飛ぶわよ」
私が躊躇うのを分かっている都子は、手を掴んだまま飛び降り、私も引っ張られて空に飛び出る。
ASCが自動的に目を保護し、高度と速度を視界の端に映し出す。
「ここからが本番、ウラノスと呼ばれる由縁、これで分かると思うわ」
勝手に左の端に表示されたレーダーに反応が現れ、1番下を飛んでいたウラノスを、黒い何かが攫って行った。
反転する為に速度を落とした黒い物体は、中型の万能機ikarugaで、機体の腹から籠のようなものを出し、飛び降りたPhantomを全員回収する。
人間が簡単に潰れるくらいの衝撃を予想していたが、よく分からない動きをした機体は、受け止める時の衝撃を殺し、気付けば次は落ちていた。
だが、吹き荒れた風によって体勢を立て直し、何事も無かった様に飛行を再開する。
「はぁ、楽しかった。どう? 妻の為に空にだってなってみせた男の力は、風で機体と殆ど同じ速度になって、完璧に衝撃を殺してみせたのよ」
「よく分かんねぇよ、なんなんだよ空って。無敵じゃねぇか」
「今はもうぎりぎり残ってる力を使ってるだけなんだけど、まだまだ現役よ」
「なら、ウラノスが死ねば、この空はどうなるんだ?」
「まっ、この話は機内で落ち着いたらね。まずは準備から、ここから先は残酷な話になるからね」
「……分かった、覚悟はしとく」
格納された籠から機内に入ると、飛び降りる前まで真っ白だったウラノスの髪が、現代のどんな技術を使っても不可能な程、まるで小さな空を見ている様な、綺麗に透き通った蒼色をしていた。
優しい微笑みで皆を迎える表情は、まるで他人が乗り移った様に、柔らかく優しい笑顔だった。
「それじゃあ行こうか、天皇陛下を危険に晒すなんて出来ないからね。聖冬には総司令を頼んで良いかな」
「そのつもりでこの機体に乗っているわ、私以外誰が適任だと言うのミツェオラ」
「それもそうね、バレてたなら喋り方もこのままで良いかしら?」
「構わないわ、ウラノスの体に寄生するド畜生さんに、私のモノを貸すのは気に食わないけど、確かに戦闘能力なら貴女の方が高いものね」
聖冬とウラノスの会話を聞いていたのか、都子はウラノスの方を向き、舌打ちをして睨み付ける。
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