第34話:戦闘術

第34話:戦闘術



 戦闘術。武器術でも格闘術でも武術ですらないもの。

 戦闘におけるあらゆる行為を肯定し卑怯卑劣との罵声をも栄誉とする、戦術思考タクティクスを軸とした、戦術学と生存術をかけ合わせたものだっだ。


 ブレシア王国において戦闘術と言えば、ビショップ流戦闘術をさす。

 当主タンクレートを筆頭とする戦闘術集団は、軍においては騎士道を志すものを筆頭に正道を歩まんとする者達にとって疎ましき存在だが、目的達成における狂気的な執念は一目置かれている。






「要は、勝てばええと」

「左様です。過程も手段も勝てば正当化される。それが戦闘術というものです」


 凄まじく身も蓋もない事をサラっと口にするタンクだが、揺るがぬ好々爺たぬきじじいフェイスがその言葉の実践者である事を物語っていた。


「いよいよとなれば、爪で敵の皮膚を裂き、歯で肉を食いちぎるのも良しとする。故に武器術や格闘術でもないのです。ですが、なんでもありなように思われがちですが、それは違います。

 トワ様。ビショップ流戦闘術において許されぬ事は何かわかりますか?」

「負ける事?」


 トワの素直な返答に、横のアレクが困ったような笑みを浮かべる。それを横目に見て、どうやら違うようだとトワは腕を組んで考え込む。


「……死なない事?」

「何故、そう思ったのですか?」


 タンクは表情を変えぬまま問い返す。


「死んでもうたらそこで終わり。でも、負けても生きてたら挽回の機会はあるやろ。戦闘術がなんでもありなんやったら、負けですらアリ・・ちゃうのん?」


 タンクは満面の笑みで深々と頷いた。


「トワ様は本当に聡明であられる」

「自慢のパートナーこいびとですので」

「お嬢、今は惚気るのは無しにして下さい。気持ちはわらかなくもないですがね」


 半眼のタンクから逃れるように、トワの背後に回ろうとしていたアレクの手が引っ込む。


「戦死者の墓に名を刻むな。さすがに昔はともかく今は実践されておりませんが、我らが門派の先人の掟です」

「徹底しすぎやろ」


 呆れたようなトワの声。それをフォローするようにアレクが。


「私もそう思いますが、実際王都にあるタンクの道場の敷地内にある墓地には無名の墓がいくつもあるんです。もっとも、墓に刻んでないだけでキチンと目録に名は記されているのですが」


 ある意味では、誰の墓であるか判別するという目的は達成していると言える。


「そこまで、流儀に習わんでも」

「まぁまぁ。昔は異端の流派という事で、生き残るかちのこるにはそれだけの覚悟が必要だったという訳です。今でこそ、王都に道場を構えるほどになりましたが、三国戦争時代はただのならず者扱いでしたからね。

 それと、お嬢。道場は息子に譲ったので、もうわたくしの道場ではありませぬ」

「しかし、今だ当主たる師範不在のままでは?」

あれむすこが偏屈なだけです。まったく、誰に似たのか」


 トワにはアレクの視線が『あなたです』と言っているように見えたが、気付かなかったフリをした。


「話が脱線してしまいましたが。勝つ為には何しても、何を用いても良いというのが戦闘術です。例えそれが、汎用能力まほうであれ、固有能力ギフトであれ、ね」

「んー。でも、私の砂の箱サンドボックスは戦闘向きちゃうで。アレクと同じで」

「まずはそこ・・からですな」


 そして、タンクはアレクを見る。


「お嬢もその辺りはまだまだですな。戦闘向きだの不向きだの、誰が決めるのです? 人は素手でも殺人を犯せます。突き詰めれば、一言の言葉ワンワード一つの視線ワンサイトが人を窮地に追い込む。

 我が流派の教えを請う以上は遠慮を廃させていただきますが。トワ様ならこれらの意味を理解できるのではありませんか?」

「うん、そやね」


 トワは不快な顔もせず、コクリと頷いた。それが真理かどうかはまた別として、トワにとっては紛れもない事実だったからである。


「お嬢が道場の門をくぐった時には剣の心得があったので、剣での戦闘術に特化していますが、トワ様の場合は固有能力ギフトを活かしたものの方が良いでしょう。お嬢からお聞きしましたが、武器も作れるとか」

「作れるけど、こんなんやで? 装備イクイプ


 トワが所持品インベントリから石の剣を取り出す。鉱石系の素材が見つかっていないので、石材が材料の武器がトワ作れる最高位の武器だ。

 しかし、タンクは満足そうに頷く。


「上等ではありませんか。トワ様はすでに無手の状態から瞬時に抜剣できる手段をお持ちだ。さらには同じものをいくつもでも作れるとか」

「やー材料があったらやし、そもそも作業台ワークベンチに手が触れてる状態やないと、これいしのけんは作られへん。無条件ってわけやないで」

「さもありなん。固有能力ギフトといえど万能ではない。しかし、同じものを作れるという点は過小評価してはなりませんな。それは手に馴染んだものを失えど、破壊されど、再び手にする事が出来るという事。

 武器を投げ捨て逃走するも許される我が流派の教えにも馴染む」


 そして、タンクはアレクを一瞥する。


「お嬢より、トワ様の護身用の武器を贈りたいとの事で、何が良いか相談を受けていたのですが――」

「し、師匠っ! それは!?」

「あー、うん。それはそれで欲しいかも」


 狼狽するアレクと、素直なトワ。


「……トワ様」

「はい、惚気は後にしまーす」

「よろしい。続けますと、戦闘術と言うと響きはを磨き、たいを鍛え上げるものと思われがちですが。むしろ、もっとも重要なものはしんです。

 しかしながら、そのしんのあり方は騎士道や他の武門とは異なるものですが」


 トワはこれまでの話から答え推測した。


「考える事。どうやったら勝てるのか、どうやったら生き残れるか」

「正解です」


 タンクが拍手していた。


「創意工夫。それこそが戦闘術の在り方であり極意。そして、わたくしがいきついたのが――」


 彼は左右の腰に下げていた二本の短刀の柄に手を置く。


「この二刀。むろん、ビショップ流戦闘術師範として他の武器術や格闘術の嗜みもありますが、わたくししんの結晶はこの二刀です。が、お嬢やトワ様がたどり着くしんの極みはそれぞれ別のものでしょうな」


 トワはまだ全てを受け入れられないのか唸っているが、アレクは承知しているとばかりに静かに頷く。

 タンクは二刀から手を離し、そして無手のまま構えた。


「では、手始めにわたくしとの実戦から始めましょうか」

「いきなり実戦!? 普通は基礎とかからやないの!!?」


 泡を食うトワにタンクおには笑顔を崩さないまま。


「今まで何を聞いていたのです、トワ様。戦闘術に普通などあるはずないでしょう。実戦での創意工夫に勝るものはありませんぞ!!」


 そして、修羅しごきの門が開いた。



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