第32話:砂の箱

第32話:砂の箱



「わざわざ、この為にこれを作ったのですか?」

「んー?」


 若干呆れたようなアレクの言葉に、トワは気怠そうに反応する。


「シングルやったら狭いやろ? ヤる・・のに」

「……先読みしすぎです」


 ここは豆腐ハウス二階にある寝室。二人は十分な広さを持ったダブルベッドの上で寝そべっていた。

 バスローブも、トワの衣服もベッド脇に脱ぎ捨てられている。




 すでにコト・・は済み、二人の周囲は色々な体液の匂いが漂っていた。


「ちょっとは手加減して欲しかった……」


 力尽きたようにポフッと頭を枕に落として、トワが言った。

 何事も体力が重要だったようである。


「こういうコトは初めてだったんですね」

「そーいうアレクは手馴れてたように思えたけど?」

「まぁ、一応男性とは経験があったので。あとは想像だけは夜に時々」

「つまりは、一人エッチのおかずを実践したんか。意外とムッツリやなぁ、アレクって」

「い、言わないで下さい」


 アレクは半身を起こして両手で顔を覆った。

 それを横目で見ながらトワが。


「アレクがスピアーズに来たのって、これせいへきのせいなん?」


 アレクは顔を覆っていた手を離して、トワの方を向いて頷く。


「別にトラブルを起こしたとかそういう訳ではないのですが。王都は少々誘惑が多すぎましてね。自分せいへきを否定して逃げてきたわけです」

「別に否定するような事でもないと思うけどなぁ。誰に迷惑かけたわけでなし。ああ、でも私にそれを言う資格はないわな」

「なぜです? こうして私を受け入れてくれたじゃないですか?」

「……アレクはな」


 トワのその一言には暗い響きがあった。


「もしかして、私と同じという――」

「うん。年上の従姉妹で、近所に住んでたからよく私と遊んでくれたわ。気前が良くて、よく奢ってくれるから、私も友達もつくらんとべったりやったわ。――けど、時々変な事に気付くようになった。やたら触れようとしたり、逆に接触を避けたり。私を見る目を時々怖くなるくらいジッと見つめてたり、そん時に私が見返すと気まずそうにしてた」


 トワは仰向けになって手の甲で目を覆った。


「何もしらへん内はそれでも良かった。けど、私だって成長する。いろんな知識を知っていくうちに、あの人の事を理解してしもうた。

 ……そして、ひどい仕打ちをしてもうたんや」

「ひどい仕打ち?」


 アレクにはトワの言うひどい仕打ちが想像出来なかった。こうして受け入れられた後だから余計に。


「拒絶したんや」

「え?」

「あの人に何も言わせずに。例えあの人がそういう性癖の持ち主やからって、何も悪い事してないし、私は何もされてなかった。何より、私はあの人を好きやった。あの人の好きとは違うとしてもや。あの人の性癖しゅみを受け入れられないとしても、別のやり方もあったやろうに。

 やのに、やのに……。私は拒絶してもうたんや」

「……その方は?」

「いなくなってもうた」


 アレクは見た。手の甲で覆ったトワの目からこぼれる涙を。


「しばらくしたら、ウチに警察が来た。……自殺したんやって。貸しボートで沖にでて、体に重しをむすんで沈んだって。ご丁寧にあの人の家族には、しばらく旅に出るって置き手紙残して。貸しボート屋が警察に届けなかったら発見が遅れてたやろ。

 たぶん、あの人は行方不明となって、私の記憶からフェードアウトしたかったんやろうな。見事に失敗したけど」


 アレクは気遣わしげに声をかけた。まだ幼いトワには重過ぎる過去に思えたから。


「トワ。その人の死はあなたのせいでは――」

「せやな。私が何をしたわけやない。ただ受け入れなかっただけ。

 でも、やったらあの人はなんで死んだんや? 誰があの人の背を押した?」

「それは……」

「私や。同性愛者ホモセクシャルは罪なんか? 小児愛者ペドフィリアは悪なんか? 違うやろ。その欲求で他人に迷惑かけたんならともかく、あの人はそうやなかった。

 私に必要だったんは、足りんかったんは……理解し話し合う事やった。でも、それに気付いた時にはあの人はおらへんかったんや」


 アレクは思わず、トワの頭を抱いた。トワはされるがまま続けた。


「私も死のうかと思った。死んであの人と改めて話し合おうと。でも、あの人の家族が泣いてるのを見て、それは間違いやって思った。どうせ、いつかは寿命で死ぬ。あの人と話すのはそれからでも遅ない。だから私は死なへん。

 ただ、もし同じ事があったら、今度は間違わない。そう誓ったんや」


 そして、もぞもぞとトワはアレクの腕から抜け出して、アレクの顔を見つめる。


「とはいえ、人生で二度も。それもこんなに早く機会が巡ってくるとは思わんかったけどな」

「それは、すみませんと言うべきでしょうか?」

「うーん、なんかちゃう気がする」


 二人はお互いの顔を見つめて苦笑しあう。

 そして、トワがふと気付いたように唸った。


「うーん、こうなるとアレは不要になったかな?」

「アレとは?」

「辞書や」

「ああ」


 アレクは背表紙に連番だけかかれた本を思い出した。


「あれは私なしでもブレシア公用語が使えるようにする為ですか?」

「まぁ、私に受け入れる気があっても、アレクが私を受け入れるとは限らんからな。下手したら、そのままバイバイの可能性もあったし」


 アレクが呆れたように言った。


「私がトワを受け入れないわけがないでしょう」

「結果論やん。一階でのやり取りはけっこう心臓に悪かったんやで」


 トワがわざとらしくため息をつく。


「まぁ、結果と言えばこうして落ち着くところに落ち着いたわけやけど。アレクはずっとスピアーズにおるん? 呼び戻されるとかないん?」

「ずっとスピアーズ守護兵隊を続けるつもりですが……。なぜですか?」

固有能力者ギフターって、国にとって貴重な存在なんやろ?」

「以前にも言ったと思いますが、固有能力者ギフターと言っても私の言語変換パラレルランゲージはよくある固有能力ギフトですしね。武技の自信はありますので、どこかと戦争にでもなれば、そちらにおくられる可能性もなくはないですが。その気配はないですね。

 ここに恋人トワもいる事ですし、何かあっても残れるよう努力しますよ」

「そっか」


 アレクは今度はトワを背中から抱きしめた。トワもとくにあがらわなかった。


「そう言えば、トワの固有能力ギフトですが」

「ん? 何?」

「名前がありません」

「む、確かに。何か命名規則とか、どこか名付ける機関とかあんの?」

「普通は過去の記録に照らし合わせて、ほぼ同じ能力であればその固有能力ギフト名がつけられます。なければ研究組織が名付けるのが通常ですが……」

「実験体はいややで」

「ですね」


 二人はお互いに頷きあう。


「自分で名付けて良いと思います。名前がないと不便だと思いますし」

「名前かぁ」


 言われて、トワがぱっと思いついたものはある。少々安直だが。


砂の箱サンドボックス

「え?」

「私の固有能力ギフトの名前や」

「由来とかあるんですか?」


 サンドボックスとはそもそも異世界ちきゅうの概念であり言葉である。説明するのは簡単ではない。

 だが、トワはアレクに全てを話すつもりでいた。自分がこの世界テンパランスの人間ではない事。耕作者ドラマティストの事。何もかも。


「ちょっと長い話になるけど。ええか?」

「かまいませんよ。夜は長いですし」


 そして、トワは考えた。

 まずどこから話したものかと。

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