第2話:ビルド オア ダイ

第2話:ビルド オア ダイ



 このままではまっずいやん。


 トワがそう思い始めたのは日が傾きかけてきた頃だった。

 森ガールでも、ましてや狩ガールでもない。インドア派のトワにとって、たった一人で森の中で夜過すなどありえない話だ。


 この森がどこで、どれだけの広さなのかわからないが、とにかく外側にでて助けを呼ばなくてはならない。


 トワはゆっくりと歩を進める。


「痛っ」


 しかし、それはすぐに止まった。

 足の裏に感じる痛み。それほど強い痛みではなかったが、唐突に異物が皮膚を貫く感覚は歩を止めるに十分だった。

 見れば、痛みを感じる足は土が露出したサークルをこえていた。

 運悪く、丈夫で角度も刺さりやすい雑草を踏んでしまったのだろう。


 部屋着という事は、当然靴は履いていない。靴下は履いていたが、あっさりと貫通されたのだろう。


 トワは一歩引いて座り込む。

 そして、足の裏を確認すると靴下に血が滲んでいる。


 トワは改めて森を見渡して暗澹たる気持ちになった。



 この足で森を抜ける?

 無理に決まっとるやん!



 だが、無理だろうがなんだろうが、日はどんどん傾いていく。

 何もしなければ、何も変わらない。


 何かないかとポケットを探ると萎れたハンカチが出てきた。恐らく、取り出すのを忘れて洗濯してしまったのだろうが、今はありがたかった。

 一枚しかなかったので、怪我をした足の方にハンカチを巻きつけた。ないよりはマシだろう。


 再び立ち上がり、今度は慎重にサークルから出る。

 相撲のすり足のようになるべく足を上げないように進む。それはとてもスローペース。とうてい森の外に出られるペースとは思えなかったが、それでも今のトワには進むかサークルに留まるかの選択肢しかなかった。


 サークルを出て最初の木に手をかけて、ため息をつく。サークルのすぐそばのこんなところで休憩もないものだが、早く進まねばという焦燥と、状況がわからないという不安がかえって足を重くした。




 ミシッ




「……ミシッ?」


 手から伝わってきた感覚を口にして、トワは思わず木から手を離し、自分の手のひらと木を交互に見る。

 最後に乗った体重計の示した数値が脳裏を掠めるが、頭を振って追い出す。


 改めて自分が手をかけた木を見る。

 とりたてて太いという訳ではないが、乙女たぶんきっとトワの体重がかかったくらいでどうこうなるようには見えなかった。


 もう一度、手をそえてみる。

 力を入れてみるが揺らぐ気配すらない。



 気のせいかな?



 そう思った矢先、またあの感覚が手を伝わって来る。


 ミシッ、ミシッ。


 しかし、それは触れている部分から伝わって来る感覚のみ。あくまで擬音として表現するならこうというものであって、音としては聞こえてこない。


 特に力を加えている訳ではないが、手から伝わる感覚は大きくなっていく。


 これ、大丈夫なんかな?


 不安を感じて手を離そうとした時にはすでに遅かった。


「のわっ、なんや!?」


 触れていた手の感覚が消え、ついでに木そのものも視界から消えていた。

 消えたといっても、折れた訳ではなく、木であったもの・・・・・・・らしきものが、足元に転がっていた。

 トワはかがんで、恐る恐る手を伸ばす。


「木……材?」


 さきほどまで木が生えていた場所には十数個の正方形六面体サイコロ状の物体が転がっていた。木目もちゃんとあった。

 触れると乾いており、普通の木から変化トランスフォームしたものとは思えなかった。

 木が生えていた地面には根っこの痕跡すら残っていない。


「いやいやいや。無理ありすぎやろ!?」


 誰にとも無くつっこんんで、正方形六面体サイコロ状の木材を一つ抱え上げるが、結構な重量があり、トワでは一つ抱えるのがやっとであった。

 また、サイコロのサイズと数が、元の木の大きさを考えると少なく感じた。

 だが、今はそんな事よりも――。


 とりあえず、木材から手を離し自分の手を見つめ、次に近くの木を見つめる。


 正方形六面体サイコロ状の木――材。



「まさか、なぁ。そんな事ないやろ」


 ある予感を胸に、トワは木に手を伸ばす。

 ただ、手を触れるだけでは何も起こらなかった。

 だが、力を込める。より正確な表現をするなら、押すのではなく木と接触している部分に意識を集中させる。

 すると、先ほどと同じく、ミシッっとした感覚が返って来た。

 なぜ、そうしたのか。まるで本能のように自然と力を使いこなしていた。そして、先ほどより早く木が木材に変換された。


 新たに作られた木材は、やはり正方形六面体サイコロ状であった。


 トワはしばらく自分の手のひらを凝視していたが、ふと何かを思いついた顔になって、手のひらを雑草ごと地面に押し付けた。


 今度は一瞬だった。


 地面が裂け、雑草が千切れ飛び、四角形のくぼみが出来、その中には一回り小さな土の正方形六面体サイコロ状の塊があった。



「………………」



 トワは眉間に手のひらをあてる。

 なんとなくであるが、今トワがしでかした事がなんであるか、理解出来たような気がしたのだ。


 トワはゲームが大好きだ。ジャンルは問わず幅広く多くのゲームをプレイしてきたが、特に好きなのはサンドボックス系のゲームだ。


 サンドボックスというジャンルは具体的な定義があるわけではないが、強いて言うなら特に目的もなく、周囲の資源を集め、加工し、拠点となる家、敵から身を守る為の武器防具、利便性を高める道具などを作っていく。

 ゲームクリアという概念は薄く、最終目標があっても必ずしもそれに向かう必要もなく、最終目標を達成したとしてもそのままゲームを続行できるものも多い。強いて言うなら、飽きた時こそがゲームクリア。それがサンドボックスというジャンルである。


 そして、サンドボックスというジャンルのゲームで代表的なタイトルの一つにマインクラフトというものがある。後発の同ジャンルのゲームに多くの大きな影響を与えたビッグタイトルである。

 そのマインクラフトの特徴は色々あるが、そのうちの一つを挙げると様々な資源が四角のブロックで表現されている事だろう。土、木、石、鉱物。砂や水ですら四角なのだ。


 そして、その資源の集め方だが、基本的に設置されているものを壊す事でアイテムとして回収出来るのだ。


 今、トワが地面を『壊して』土のブロックに変えたように。


 木の場合、マインクラフトでは一度に壊せるのは一箇所である為に、木全体がアイテム化するのではなく、部分的に欠けるだけなのだが。

 だが、それはあくまでマインクラフトという1タイトルの仕様だ。

 他のサンドボックス系のタイトルには木の一部を破壊すれば、その木が全てアイテム化するものも存在する。

 当然、トワはそのようなタイトルも経験済みだ。というよりも、好物なジャンルであるが故に、メジャーなものは当然、マイナー、アルファ版、STEAMゲーム販売サイトで、ユーザー評価が真っ赤サムズダウンのゲームすらあえてトライするありさまだった。



 そのゲーマー魂が、告げていた。




 この力はサンドボックスのそれである、と。



「いやいやいや。ちょっと待ってーな。何で何の前振りもなく――」


 サンドボックス系には説明もなく唐突に始まるものが多い。


「チュートリアルは? ヘルプは?」


 日本製はともかく、海外のゲーム。特にインディース少人数や個人製のタイトルの場合『そんなものは甘えである』そう言わんばかりにばっさり切り捨てられてるものも少なくない。


「初期装備もないん!?」


 全裸すっぽんぽんでスタートのタイトルもある。むしろ服を着ているだけ、温情があるかも知れない。


「こんな状態で夜になったら!? ……え?」



 トワはある事に気付いて青ざめた。


 全てのサンドボックス系がそうである訳ではないのだが。夜になると敵が襲ってくる、あるいは昼も襲ってくるけど、夜だとさらに大盛り、特盛りになる。そういったパターンが多い。

 そういったタイトルでの対策はほとんど共通で、セーフハウスを作り、夜明けまで過す。


 ここがゲームの中の世界なのか。ゲームに非常に良く似た力を使える異世界なのか。あるいは日本政府が国民に内緒で作った最先端技術をつぎ込んだ特区なのか。それはわからないが、夜になってもただ暗くなるだけとも思えなかった。


 そして、日はどんどん落ちていく。





 刻々とビルド オア ダイ建てるか死かが迫ってきていた。

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