第3話:感覚こそが全てに通じる

第3話:感覚こそが全てに通じる



「よっこいしょ、と」


 苦労して積み上げた木材は、しかし一つになる気配はなかった。

 ほとんどのサンドボックス系ゲームでは、縦か横に資源ブロックを並べるとくっつくのだが……。


 トワは嘆息して呟いた。


「やっぱり、『アイテム』状態のままじゃあかんのかな?」


 今、木材を積み重ねた行為と、トワがプレイしてきたゲームとでは明らかな違いがあった。

 家にしても、他の建築物にしても、『所有』しているアイテムを『設置』する。それをつなぎ合わせる事で、柱に、壁に、床に、天井になる。

 しかし、今トワがした事は違う。アイテム化された木材を持ち上げて、別のアイテム化された木材の上に乗せただけである。手に持つすなわち『所有』という考え方もあるだろうが、しかしそれにしても持てて一つが限界だし、その一つすら『設置』の方法がわからない。



「ふぅ」


 もう一度嘆息して、トワは自らの頬を三度叩いた。



『希望はきっとある。努力は必ず報われる』


 トワはそんな事はつゆほども思っていない。すでに現実の無情さはこの世界に来る前から知っている。


『何をしても無駄だ。取り返しはつかない』


 トワはそうは思わない。だから、今日まで生きてきた。




 ここで終わってなるものか。




「エスケーッ、エスケーッ、エスケーッ――」


 呪文のようにEscエスケープを繰り返す。いや、トワにとっては魔法の呪文に近い。それはゲームに行き詰った時、意識を切り替え冷静になる為のおまじない。

 キーボードのEscエスケープキーを押すたびにウィンドウが閉じていくをイメージする。


「……エスケープ」


 そして、最後のウィンドウが消えた。頭の中はからっぽだ。

 手広くなった意識メモリの中でトワは考える。


 果たして、今トワに宿っている『力』は、ただ物体を四角に切り分けるだけのものだろうか?


 可能性としてはもちろんゼロとは思わない。

 なまじトワのゲームの知識がありもしない可能性を妄想している事も十分ありうるのだ。


 しかし。と、さらにトワは考える。

 この『力』は単に物体を四角に切り分けるだけじゃない。


 木材は乾いており、生木ではなかった。さらには根も皮も葉も残らなかった。

 土塊は固かった。切り取った周囲の地面はかすかに足跡が残る程度の柔らかさがあるのに、切り取った土塊はプラスチックのような感触だった。


 同じもののようでいて、違う何かに変化している。

 だからといって、全てがトワの知るゲームのようなものだと考えるのは間違いかも知れないが、『力』がこれだけだと、試しもせずに決め付けるのは早計だと。

 それがトワの結論だった。


 それに何もしなければ時間切れ。夜になってしまう。

 ならば、試すだけ試してみよう。嘆くのはそれからでも間に合う。



 焦りと不安。トワはこの二つが意識の中に入り込むのを巧妙にブロックしながら、思案し続けた。


 木と土を正方形六面体サイコロに変えた『力』を『変換クラッシュ』と定義しよう。

変換クラッシュ』の一度目の発動はたまたまだった。

 二度目はたまたま発動の感覚フィーリングが残っていたのが幸いした。



感覚フィーリング……か」



 もしも、『力』が『変換クラッシュ』以外にも存在するとして、発動のキーはなんだ?


「そんなの決まってるやん」


 絶対とまではいかないまでも、やはりそれは感覚フィーリングではないか?

 だが、そのあるかどうかもわからない感覚フィーリングをどうやって引き出す?



 しかし、トワは迷わなかった。


「『所持品目録インベントリ』!」


 トワの頭の中にこれまでプレイしてきた数多の画像スクリーンショットが満ちる。別に口にした言葉に意味はない。ただ、そうしたほうがよりイメージを引き出しやすいと思ったからだ。


 そして、それは成功した。


 それは奇妙な感覚だった。

 視界に何も変化はない。にも関わらず『それ』ははっきりと見えていた。ゲームによくある半透明のウィンドウではなく、くっきりと視界に映りだされているにもかかわらず、視界を一切阻害しないという矛盾した薄く光を放つパネル。


 そこには2種類の文字が使われていた。

 一つは日本語。

 一つは見知らぬ言葉。


 だが、重要なのは日本語だった。


『所持品』


 そう書かれた下には一行10マスの枠があり、すべて空欄だった。

 そのマスの下にも枠はあったのだが、全て鍵のマークになっていた。


「何かの条件で、開放アンロックされるって事なん?」


『所持品』欄の右には、大小さまざまな枠があった。そこは見知らぬ文字ばかりで書かれているので読めなかったが、空欄ではない枠があったので何かは分かった。

 確認の為に、木材を抱えてみると、空欄が木材の映像で埋まった。


「やっぱり、装備欄やったか」


 まぁ、トワが今来ている服が枠に映ってる時点で半ば確定していたが。ただ、体の部位毎に分かれているにしても枠の数が多かった。

 読めない文字が説明文なのだろうが、今は気にしても仕方がない。


 むしろ、言葉による感覚フィーリングの強化が予想以上の収穫だったと喜ぶべきだろう。


 今見えているパネルはゲームにおける、インベントリやカバン等と呼ばれる所持品一覧だ。

 空いている枠は10マス。これは10のアイテムを持てる事を意味しているはずであるが……。


「問題はどっちかやなぁ」


 トワの言う通りどっちかが問題であった。すなわち、10種類なのか10個なのか。

 ゲームでは同じアイテムはスタックといって同じ所持品枠に重ねて持てるものがほとんどなのだが――。10種類と10個で持てる量に差がありすぎる。まぁ、重量制の可能性もないわけではないが。


「ま、やればわかるか。『収集ピックアップ』!」


 瞬間、2度目に『変換クラッシュ』した木材と、地面の土塊が浮かび上がりトワへと投げ放たれる。

 思わず身構えるトワだったが、それらは数十センチ手前で消失する。


 ホッと構えを解いてパネルを確認すると、10個の枠のうち、左から2つが埋まっていた。しかも、名前まで書いてある。日本語で。


「ニフレの木材と、赤土か」


 ニフレの木材は枠の右下にアラビア数字が書いてあった。数量だろう。


「『収集ピックアップ』の範囲はかなり小さいみたいやな」


 最初に『変換クラッシュ』した木材がそのままになっていた。確かに、『収集ピックアップ』できた木材や土塊よりは距離があったとはいえ、数歩の差だ。


「ま、いいか。後は――」


 トワは土が露出したサークルの中心に立つ。

 これが最後の仕上げ。これが出来たなら、先々まではわからないが、一時の平穏は約束される。


 トワは一呼吸おいて、言葉を口にした。


「『設置ビルド』!」


 果たしてそこには木材が設置されていた。それも正方形六面体サイコロではなく、長方形。トワは木材を並べて設置したのだ。そして、それは正しく連結されていた。



「っしゃー! これで勝つる!!」


 何に勝つつもりなのかはトワですら不明であったろうが、これでなんとかなる目処はたった。



 問題があるとすれば、すでに空は黒ずんでいた事だった。

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