歩く先のココアは教える

和田蘆薈

徒然に、気まぐれに。

 「あの、開いてますか?」


夕食の準備をしていると1人の青年が訪ねてきた。如何にも気が弱そうな男だ。歳は20前後だろうか。大学生だろう。


「あぁ、開いてるよ。寒かっただろう。とりあえず体を温めるといい。」

ありがとうございますと申し訳なさそうに言う。外は酷い吹雪だった。ココアを用意していると彼は話しかけてきた。


「なんというか...ホッとしますね。ここは。変に飾ってなくてシンプルで。」


それが売りなのさと呟きながらココアをテーブルの上に置いた。ソファに腰を下ろすとクッションがシュッと空気を吐いた。部屋の中は薪ストーブの臭いが微かにして、心の中も温める。いただきますと言ってココアを手に取り、溜め息をつく。寒さのせいもあるが、どこかぎこちない。しかし一口飲むとホッとしたのか安堵の表情をみせた。


「実は僕、学校を辞めようと思っているんです。東京の4年制の大学で経済学を学んでいるんですけど、何故勉強しているのか分からなくなって。

これからの時代は大学行ってないと何処も雇ってくれないって両親や先生に脅し半分で説得されて取りあえず入ったんですけど。目標も何にも無くて。目標も無いのに大学行くってただのお金の無駄遣いじゃないですか。親への罪悪感が強くて。」


吹雪は相変わらず一寸先も見せんとばかりに激しかった。


「君は散歩は好きか?」


拍子抜けしたような顔でこっちを見てきた。

私はココアを口に含んだ。


「ガウスを知っているか?ドイツの数学者だ。彼は特に目的を持たずに散歩に出ることが好きだったらしい。そうするといいアイデアが浮かんだらしい。

散歩は目的を持ってはいけないと私は思っている。何か目的を持ってしまったらそれだけにしか意識がいかず、歩くことが作業になってしまう。目的がないからアイデアが生まれるのだと私は思うよ。

大切なものを無くして探そうとしてもなかなか見つからない。でも諦めた途端にポロッと出てくる。

そんなもんだよ。君は考えすぎだ。ここに入ってきたときも思い詰めている顔してたぞ。

無意識で歩いてみろ。どこでもいいから。 

そしたら君にとっての大切な何かがポロッと出てくるからさ。」


青年はカップを置き、持ってきてたリュックを背負い、礼を言ってドアを開けた。

その顔は数十分前の彼とは違う、希望に満ち溢れた表情をしていて見間違うほどだった。

そんな彼の姿を私は忘れないだろう。



気がつけば外は暖かい陽が照らしていた。

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