アリバイの無い俺と魔法少女探偵

 朝の通学電車に乗り込むやいなや、竹本たけもとさんに力強く両腕を掴まれた。


楠本くすもと君! 昨日の20:00~21:00の間何してた!?」

「えっ……え? 家でゲームやってました。おはようございます」

「うん、おはよう! そのゲームってオンライン?」

「えっと、いえ。歴史モノのシミュレーションなんでオンラインじゃないです」

「じゃあ、ゲームしてたって証明できる人はいないのね?」

「まあ、そうすね。無駄に一軒家に一人暮らしですし」


 俺の返事を聞いた竹本さんの目が輝いた。周りの乗客の皆さんは、楚々としたブレザー服姿の美少女が、冴えない眼鏡男子をがっしりと掴んでいる様をチラチラと伺っている。なんかごめんなさい。


「じゃあ、それじゃあ、昨晩のアリバイは証明できないのね?」

「アリ……バイ? はあ。無いと言えば無いですね」

「良か……良かったあ。有力容疑者いたあ。うう、ひっく」


 竹本さんの顔がふにゃりと歪み、感極まったかのようにべそをかき始めた。乗客の皆さんは目こそ合わせないが、何事かとこちらにアンテナをギンギンに向けている。いや、俺にもわかんないんですけど。


「た、竹本さん、泣く事ないじゃないですか。どうしたんですか。つか、容疑者って何なんすか」

「ただの容疑者じゃなくて有力容疑者なの~。通り魔事件の~。よかったあ~」


 乗客の皆さんが通り魔事件という不穏ワードにざわつく。何かこっそりスマホを操作しだした人もいるようだ。違うんです! よくわかんないけど濡れ衣です!


「お、落ち着いて下さい。なんなんですかそれ。まさか竹本さんが被害に合ったんですか?」


 竹本さんはひっくひっくいいながら首をぶんぶん振る。普段の落ち着いた雰囲気からは考えられないほどの子供っぽいしぐさに思わずキュンときてしまう。かわいい。どさくさにまぎれて頭をポンポンしてしまいたい。が、今はそんな事考えている場合じゃない。


「じゃあ、いったいどういうことなんですか」


 俺は必死に問いかけたが、竹本さんは答えずにぐずるばかりだった。やっと落ち着いてハンカチを取り出し涙をぬぐい始めてからも、片手はしっかりと俺の制服の袖を掴んでいた。


##


「つまり、竹本さんが今日の探偵部の朝練の出題者だと」

「うん。そうなの」


 俺と竹本さんは学校に着き、旧校舎にある部室棟の端っこの部屋の前に立っていた。目の前のドアには「探偵部」というネームプレートが入っている。その脇に小さく「魔法」と付け加えてあるのが、妙な不安感を掻き立てる。


「部長が厳しくてね。事件を思いつかなくて。どうしようどうしようって。それで、やっと通り魔事件にしようと決めたんだけど、容疑者がいなくて困ってたの。楠本君のアリバイがなくて本当に良かった」

「良くわかんないんすけど、俺はどうすればいいんですか」

「黙って立っていればいいよ。後は部長が捜査するから。付き合わせちゃってごめんね」


 竹本さんがぺこりと頭を下げる。なんてことだ。俺は慌てて首をぶんぶん振る。


「そんな! 竹本さんの頼みでしたらなんでも喜んで! 実はその、俺、竹本さんの事が……」

「さ、じゃあ行きましょう。部長、おはようございます。竹本です」


 竹本さんがコンコンとドアをノックすると、中からは妙に愛くるしい声が返ってきた。


「バスカビル」

「犬」

「よろしい」


 カチャリと音が鳴る。どうやらドアの鍵を外したようだ。ガラガラと横開きのドアが開けられようとした時、隣の竹本さんが突然びくっ! と震えたかと思うと、がしっとドアを押さえた。中からは「あれ? 開かない?」という呟きが聞こえている。


「竹本さん、何してるんすか?」

「しーっ! 楠本君も押さえて! どうしよう! 物証忘れてた」


 俺は言われるままにドアが開こうとするのを押さえつつ、聞き返す。


「ブッショー? ブッショーってなんすか? 戦国武将……じゃないですよね」

「あああ、どうしようどうしよう。こうなったら……えい!」

「は!?」


 パニック状態になった竹本さんは、涙目でおろおろしていたが、急にしゃがみ込んでスリッパを脱ぎ、さらに靴下をガッと脱いだ。


「ちょっ! 竹本さん! 何してるんすか」


 驚く俺の上着のポケットに、竹本さんはそれを捻じ込む。そしてガラガラとドアが開いた。部屋の真ん中には妙に立派な籐の椅子が置かれ、そこには――。


 そこには、一人のが足を組んで座っていた。金髪ツインテールでフリフリの衣装を着て。


「おはよう。こゆみ。そして容疑者の君。じゃあ早速事件の概要を聞くわ」


 この人が部長? コスプレ? つか竹本さんはなんで靴下を俺に? なんだこれ? これどういうこと? わからないことだらけで捌ききれない。


「おはようございます。ざいす部長。事件発生は昨夜の20:00前後、現場は西竪堀にしたてぼり駅北口の路地、通り魔による暴行未遂事件で、被害者は私です」

「ふむ……。詳しく」


 その魔法少女は、足を組み替えて手にしたステッキを振って先を促す。隣では竹本さんが事件の概要を説明している。わけがわからないです。


「よし、それじゃあ捜査を始めましょう。まずは現場周辺の調査からね。マジカル~監視カメラハッキング~★」


 俺は訳もわからず部屋中に広がるファンシーな泡や星やモコモコを眺めていた。


 これが、俺と魔法少女探偵マジカル・ディテクティブざいす先輩との出会いだった。この後、俺と竹本先輩はさんざんこの部長に振り回されることになるのだが、それはまた別の話。

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